覆面芸術家・バンクシーをセレブ扱いする“見せ物”社会
映画「バンクシー・ダズ・ニューヨーク」
有名アーティストのドキュメンタリーというと美術館の展示室のビデオみたいなものを連想する向きが多いだろうが、この映画は「有名」の意味をふと考えさせるところがミソ。先週末から公開中の「バンクシー・ダズ・ニューヨーク」だ。
バンクシーは身元不明の英国の覆面芸術家。こぎたない街中の建物の壁などにスプレーで落書きを残すほか、大英博物館の一隅に勝手に作品を残したのに、しばらく誰も気づかない(!)などというゲリラ手法で評判となった。
その彼がニューヨークを“標的”に毎日1点ずつ街のどこかに作品を残す、と公式サイトで宣言。たちまちNYは宝探し状態に陥り、ブルームバーグ市長は眉を吊り上げて「破壊行為」と非難。他方、落書きされたビル所有者はフェンスをめぐらせて「展示」し、路上パフォーマンスでは居合わせた群衆が一斉にカメラを向ける狂騒状態。映画はこれをニュース特番みたいなスタイルで映し出すのである。
もっとも現代美術の世界から見るとバンクシーの手法は特に新しくない。秩序や制度を皮肉り、挑発する点では60年代の「ハプニング」のほうがよほど過激だったからだ。むしろ現代は大衆社会のほうがバンクシーを「セレブ」としてもてはやす、その皮相ぶり自体が皮肉なのだ。
ロビン・D・G・ケリー著「ゲットーを捏造する」(彩流社 2900円)はこんな現代都市が「貧困」や「差別」を(たとえばニュースなどで)見せ物にする様相を批判的に論じた米国の社会学者の著作。学術書だが、自身が運動家でもある著者の筆の躍動感がいい。〈生井英考〉