未曽有の失敗作に終わった「栄光のル・マン」のメーキング
粗野なのに繊細、無学なのに明敏、陽気なのに孤独。スティーヴ・マックィーンはそんな矛盾した魅力を放つ映画スターだった。
今週末公開の「スティーヴ・マックィーン その男とル・マン」はそのエッセンスが凝縮されたドキュメンタリー。
未曽有の失敗作に終わった「栄光のル・マン」のメーキングフィルムだが、単なる撮影裏話とは次元が違う。素材の多くは40年余り発見されず眠っていた500箱以上の未編集フィルムや、スタッフ所有の個人映像。関係者へのインタビューも当時の妻や息子から仲たがいした監督、撮影に関わったレーサーたちに及ぶ。
実はマックィーンはレーシング映画を作るに際して“余計な設定もセリフもない純粋なレース映画”を目指したらしい。「純粋な」とはレース場面だけで観客にドライバーの経験を体感させること。そのため究極の車載映像を求めて無理を重ね、揚げ句に撮影中、大事故を引き起こして編集権を奪われてしまう。
結局ヒットしたのは日本だけだったが、本作の最後で事故に追い込まれたドライバーが、亡きマックィーンのその後の振る舞いを知って、思わず言葉を詰まらせる瞬間が心を打つ。マックィーンは車のコックピットで初めて素の自分と向き合えた、孤独なヒーローだったのだ。
それにしてもカーレースの全盛期は今や昔の語り草。A・J・ベイム著「フォードVSフェラーリ 伝説のル・マン」(祥伝社 1800円+税)が描く60年代のレースと自動車産業のからみ合いは、今は伝説だ。フェラーリの排気音が時代の終わりを告げる晩鐘に聞こえる。〈生井英考〉