「月」辺見庸著
ふと目がさめる。まぶたがひらいたまま、目がさめる。みえない。とくになにも……。物語はこの独白から始まる。語り手は「きーちゃん」。園の入所者で、性別年齢不詳。目が見えず、話すこともできない。上肢、下肢ともに動かせず、ベッドの上でひとつの“かたまり”として存在しつづける。しかし、その思考は自由闊達、鋭敏な感覚で周囲を「観察」し、時には「あかぎあかえ」という人格的な分身を使って動き回ることも。
そんなきーちゃんが注視しているのが「さとくん」だ。園の介助職員で、表面的には明朗闊達で入所者から人気があったが、途中で辞職。その後〈にんげんとはなにか〉という大問題に行き当たり、世の中をよくするべく、〈にんげん〉でない者の浄化作戦を決行する。きーちゃんはさとくんのおぞましい心の暗部へ入り込み、さとくんの計画決行に至る内面に深く迫っていく――。
相模原市の「津久井やまゆり園」での障害者殺傷事件に想を得た小説。全編、冗舌ともいえるきーちゃんのひとり語りで、表層的な言葉でしか語られてこなかったこの事件の〈語られない真実〉をすくい取ろうと試みた衝撃作。
(KADOKAWA 1700円+税)