著者のコラム一覧
黒木亮作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学大学院中東研究科修士。邦銀、証券会社、総合商社で23年あまりにわたって国内外のファイナンスに従事。43歳で国際協調融資をめぐる攻防を描いた「トップ・レフト」でデビュー。著書に「巨大投資銀行」「鉄のあけぼの」「ザ・原発所長」など多数。1988年より、ロンドン在住。

<1>地方の病院ほど採算が取りやすい

公開日: 更新日:

日本経済の死角 第1弾

 全国各地に八十を超える病院を擁する東堂グループの旗艦病院、東京東堂総合病院のそばを流れる目黒川は、桜が満開の季節を迎えていた。

 七百五十床のベッドを有する、威風堂々とした十階建ての超高級病院は、大金持ちやセレブ御用達で、政権与党の政治家やその関係者を優先的に診療、入院させている。

 病院の最上階にある理事長室で、スーツや白衣姿の十人ほどが会議用のテーブルを囲んでいた。

「……やはり今般の診療報酬改定では、ダヴィンチ手術保険適用対象になったことが、最大の注目点だと思います」

 ダークスーツ姿で、手堅い印象の事務長がいった。

 医療行為の対価である診療報酬は二年ごとに改定され、その時々の国の医療に対する考えを反映している。

「消化器外科と婦人科の十二の術式が加わったわけか……」

 ノートパソコンの画面に開いた資料を見ながら、理事長の東堂清春がいった。黒々とした長めの頭髪をオールバックにし、高級ダークスーツをりゅうと着こなしていた。大学病院で講師まで務めた心臓外科医で、年齢は四十代後半である。

「今のところ、各術式の点数は、ロボットを使用しない腹腔鏡・胸腔鏡手術と同一ですが、今後、既存の術式に対する有効性が示されれば、高い点数が付けられることは十分考えられると思います」

 ダヴィンチ手術は、手術支援ロボットを用いた内視鏡手術だ。今般、保険適用が認められた十二の術式の中で一番点数が高いものは下食道悪性腫瘍手術のうち頸部、胸部、腹部の操作によるもので十二万五千二百四十点、一番点数が低いものが下膣式子宮全摘術で四万二千五十点。診療報酬は一点十円で計算するので、それぞれ百二十五万二千四百円、四十二万五百円になる。

「ダヴィンチに対応できているかどうかで、今後、患者の数が変わるだろうな」

「はい、おっしゃるとおりかと。早急に数十人単位で研修医を選抜して、訓練に力を入れたいと思います」

 事務長の言葉に東堂がうなずく。

 白いブラインドごしに明るい春の日差しが差し込む室内の壁の一方には、大きな日本地図のパネルが設置され、東堂グループの病院の位置が示されている。

 傘下の病院は圧倒的に地方が多い。これは国が定める診療報酬が地域に関係なく一律で、不動産のコストや人件費が都市部に比べて安い地方の病院ほど採算がとりやすいためだ。東堂グループは地方の病院を中心に買収を進め、そこで儲けた金を東京東堂総合病院が吸い上げ、最先端の医療機器と最優秀のスタッフを揃えた富裕層のための旗艦病院にしている。

「ダヴィンチ手術ほどではありませんが、ベンゾジアゼピン受容体作動薬の長期処方時の点数減額は影響が出ると思いますので、これへの対処が必要だと思います」

 白衣姿の内科部長がいった。穏やかそうな風貌の壮年男性である。

 ベンゾジアゼピンは向精神薬で、鎮静、催眠、抗不安などの作用を有し、パニック障害、全般性不安障害、不眠症、てんかん発作などに処方される。今般の診療報酬の改定では、一年以上処方した場合、処方料は四十二点から二十九点に、処方箋料は六十八点から四十点に引き下げられた。

 (つづく)

【連載】小説 病院乗っ取り

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