「東京タイムスリップ 1984⇔2021」善本喜一郎著
2021―1984=37年という歳月は、干支を3回りしてさらに1年、大学を出て就職した人が定年を迎えるほど長い。
写真家を志し専門学校を卒業した著者は、講師だった森山大道氏らの助言で、11人の有志と豆腐屋の2階のスペースを借り、それぞれの作品を1週間ずつ順番に展示するギャラリーを運営。「写真日録」と題して、街の日常の気になる風景をテーマにした著者は、3カ月ごとに回ってくる展示のために、新たな被写体との出合いを求めて街を歩き、撮影しては発表することを繰り返した。
本書は、そのとき撮影した1984年の東京の風景と、2020~21年に同じ場所、同じアングルで撮影した写真を並べた作品集。
刻々と変化を続ける新宿でも、再開発によって特に変わったのが駅の東南口一帯ではなかろうか。1984年当時は、駅ビルを出ると、「昭和天皇即位記念碑」が立つ「御大典広場」が広がり、階段を下りて東口に向かう通りには、闇市の名残で不法占用した店舗が並び、猥雑な雰囲気を醸し出していた。
通り沿いの建物に掲げられた看板の「ヌード」や「踊り子」の文字が、界隈の当時の怪しさを伝える。
複雑な地形を整備して、1994年に現在の広場が完成。2020年に撮影された写真には、往時の面影はひとかけらも見当たらない。
しかし、84年に広場の階段の上から撮影した一枚に写る1915年創業の老舗食堂「長野屋」は、2021年の今も変わらず同じ建物で営業中。建物の壁面の広告看板が日活ロマンポルノから、オーロラビジョンに変わっているのが時の移り変わりを伝える。
上に甲州街道が走るガード下の歩行者用トンネルの風景も84年当時と現在では、驚くほど何も変わっていない。しかし、84年の写真ではトンネル入り口付近の壁を取り囲んで人垣ができている。
トンネルの先にはJRA場外馬券売り場があり、人垣は予想屋を取り囲む競馬ファンのようだ。そして現在、ここに人垣ができないのは路上での予想屋の営業が禁じられたからだという。こうした風俗や庶民のささやかな暮らしぶりも写真は記録する。
他にも、新宿駅西口にそびえる巨大な換気口も、84年当時は円柱を斜めに切り取ったようなその姿がコンクリート製の巨大なオブジェを思わせるが、いまではすっかり植物に覆われ、都会の中に生まれたオアシスか、はたまた廃虚か、見る人の想像力を刺激する。
渋谷駅の南改札口前から西口バスターミナルへとつながる風景は、写る街並みの変化もさることながら、84年には細い円柱だった建物の支柱が耐震工事によってコンクリートで太く覆われ、画面を圧するほどの存在感を放っている。通勤などで毎日のように見る風景も、改めて見ると、このように大きく変化していることに気づく。
新宿、渋谷を中心に銀座や五反田、浅草など、東京のさまざまな街の1984年と今を行ったり来たり。
当時を知らない人には発見が、同時代を東京で過ごしてきた人には懐かしい、まさにタイムスリップ体験だ。
(河出書房新社 2002円)