「築地市場の人々」 山下倫一写真・文
著者は2016年の夏の朝、初めて築地市場に足を踏み入れる。3カ月後に豊洲へ移転すると聞き、場内の最後の様子を撮影しておこうと思ったのだ。
しかし、仕組みも分からず、ターレが行き交う通路に入りこむと、ガードマンに見学者の入場は午前10時からだと阻止される。
時間になり、場内に入ると、もう店じまいをしている業者も多く、思ったような写真は撮れなかった。
すると茶屋(仲卸で買ったものを預かってもらう場所であり、品物を商店や飲食店に配送する役割も担う江戸時代から続く仕事)の人が、ガードマンのいない入り口を教えてくれたという。
以来、築地に通い始め、当初は3カ月の予定だったがその間に移転計画が延期され、閉場を迎えるまで2年、約70回築地に通い続け、その最後の日々を撮影してきた著者による写真集。
撮影を始めた当初、まだ右も左も分からない頃、「冷たいものでも飲んでいきなさい」と声をかけてくれたのは、マグロの仲卸「尾芳」の女将・内田さんだった。内田さんの厚意で自由に好きな時間に場内に出入りできるようになった氏は、尾芳を中心に徐々に行動半径を広げていき、文久元(1861)年創業のマグロ専門の老舗仲卸「樋長」にたどりつく。8代目社長の飯田氏がマグロをさばく姿はまるで舞台の上の役者を見るようだという。
築地にはそれぞれの達人がいる。
「宮彦」の小林さんは、いつ行っても穴子をさばいている。「タコ屋のしんちゃん」こと大木新一さんは、かつてタコを茹でていたが、いまは外国から入ってくるモンゴウイカのゲソを茹でて仲卸に売る仕事をしている。そして30年以上、築地でターレの運転や小車を引いてきたベテランの梅原輝秀さんら、それぞれの仕事姿にレンズを向ける。
もちろん築地では女性たちもバリバリと働いている。「帳場」と呼ばれる会計係はほとんどが女性。貝を扱う仕事も女性たちが多いという。樋長では、入社半年の中嶋さんという若い女性が先輩の指導を受けながらマグロをさばく。
商売道具の包丁を研ぐ人や、急な仕事やお客に対応できるよう、立って弁当をかき込む食事風景。「問題を起こしたら築地全体に迷惑をかけてしまう」と仕事後に念入りに行われる掃除、未明に行われるセリ場。そして最後の日を迎えた18年10月6日の場内の様子まで、83年間営々と続いてきた築地の点景が並ぶ。
撮影を通じ多くの人の知己を得た著者は、築地は「人情味あふれたひとつの村」とも呼ぶべき集まりだったと振り返る。写真に写っている「しんちゃん」や「尾芳」など、豊洲には行かずに引退、廃業した人も多い。
築地に写真を撮りに来たフランス人は、閉場を「フランスでいえばエッフェル塔を壊すようなものだ」と言っていたそうだ。もう二度と戻ることができない在りし日の築地とそこで働く人々を丹念に記録した貴重な作品集。
(国書刊行会 4620円)