「世界の母系社会」ナディア・フェルキ著、野村真依子訳

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 SDGsでジェンダー平等を掲げなければならないほど、世の中はまだまだ男性優位の社会構造になっている。それを支え、男性に勘違いを起こさせているのが世界中でみられる家父長制社会だ。

 しかし、世界にはわずかながらだが、財産の管理や儀式の準備、家族や村に関する重要な仲裁など、中心的な権力を女性が握っている社会がある。だからといって、女性が男性を支配するというような家父長制と真逆の体制というわけでもない。

 研究者でもある著者が、世界各地の母系社会を巡り、その実相を伝えるフォトドキュメント。

 中国の国境地帯に暮らす少数民族のモソ族では、ダブと呼ばれる一族の長または家母長が、姓と財産を伝え、土地を所有し、仕事の割り当てを決める。さらに財源を保持・管理し、一部の宗教儀式を取り仕切り、客の面倒を見る。

 モソ族の女性は母親の家で暮らすのに対し、男性は一室で共同生活を送り、母親や恋人の家に通う。

 若い女性はそれぞれ個室を持ち、自分の「アチュ」(恋人)を迎え入れることができる。貞節と嫉妬を突拍子もないことと考えるモソ族では、必然的に男女交際が増え、命を伝えていくのは母であり、父は認知されず、自分の子どもの存在も知らないという。女性は、父も夫も存在しない社会の女主人なのだ。

 権威が男性に帰属する儒教社会の中国。1966年以降の文化大革命では、モソ族とその自由恋愛主義は激しく攻撃され結婚を義務付けられたが、その後に緩和され、2000年前から続く暮らしが今も守られている。

 31家系が暮らすこの僻地の村の暮らしの日常、そして観光客が押し寄せ混乱をもたらし始めた近年の事情まで、写真とテキストで伝える。

 一方、ケニアのケニア山の近く、ナイロビから北に約300キロ離れた場所にあるサンブル族の女性たちが集まる村トゥマイは、モソ族とはちょっと事情が異なる。

 なぜならこの村は、女性器切除や強制結婚、一方的な離縁や強姦に遭った女性たちを苦境から救うために2002年に女性団体として設立された男子禁制の村だからだ。

 この地域には1990年からこのような村落共同体がいくつもできているそうだが、トゥマイが他の共同体と異なるのは、手作りのアクセサリーや工芸品を売るなどして自給能力を身につけ、完全に自立した生活を送っていることだという。

 村では、100%参加民主主義が制定され、住民全体に関わる決定は議論を経て挙手による投票で決まる。

 ここの女性たちは男性と敵対しているわけではなく、男性と付き合うことも近隣の村でパートナーと出会うことも可能だという。

 他にも、インドネシアのスマトラ島西部に暮らす約600万人という世界最大の母系集団ミナンカバウ族など世界10カ所の母系社会を紹介。

 常識で凝り固まった男性脳に刺激を与えてくれるお薦め本。

 (原書房 3960円)

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