「オスとは何で、メスとは何か?」諸橋憲一郎著
かつて野坂昭如が「男と女のあいだには深くて暗い河がある」と歌っていたが、生物の性研究の分野でも、最近までオスの対極にメスを置き、「対極に配置したオスとメスの間に深い境界を設けて、生物の雌雄を位置づけてきた」のだという。
しかし、ある特徴で雌雄を区別したとしても、そこには当てはまらない中間型や、時にその特徴が逆転している雌雄が自然界には普通に存在している。であるなら、オスとメスは対極ではなく連続するものとして理解するのが自然なのではないか。
そこで登場したのが「性スペクトラム」という考え方だ。本書は、生物の性のメカニズムを解説しながら性スペクトラムという考えを紹介したもの。
エリマキシギという鳥には3種のオスがいる。①は首の周りにこげ茶の豊かな襟を巻く典型的なオスで縄張りを持つ。②は襟と体の一部が白く、縄張りを持たない。③はメスにそっくりな外形のメス擬態オス。①はメスと交尾できるが、②は複数のメスがいる場合に隙を突いて交尾し、③はメスに見せかけて①を油断させ交尾のチャンスをうかがう。トンボの一種にはオスに擬態するメスがいて、これは産卵後にオスを近づけさせない戦略だ。
かように、オスとメスはある境界をもって分けられるものではなく、左端に100%オス、右端に100%メスの連続するスペクトラムがあり、各個体はその線上のどこかに位置しているということだ。また時間の経過とともにその位置が変化する(ヒトの女性の閉経など)こともある。
このスペクトラム上の位置を変化させる力(オス化する力、メス化する力)に関わるのが性ホルモンであり、身体を形成するさまざまな器官も性を有し、さらには脳にも性スペクトラムが存在している。この辺の仕組みはかなり専門的だが、オスとメスという性が決して固定的ではないという考えは、人間社会にも大きな意味を持つことだろう。 <狸>
(NHK出版 1045円)