「闇の精神史」木澤佐登志著
「闇の精神史」木澤佐登志著
戦後、昭和の少年少女らにとって21世紀は直近の未来であり、そのイメージは明るいものだった。その21世紀も四半世紀近く経過した。その間に米国同時多発テロ、東日本大震災、コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻などが起き、「明るい未来」とは程遠いものであることを実感している。もはや無限の可能性があるユートピア的な未来は消え失せ、未来とは、過去から亡霊のように回帰してくるものに過ぎなくなったという逆説的な時代になってしまった。
であれば、志向すべきは「陰」のユートピアではないか、と本書の著者は言う。「ほの暗い過去の深淵の中にこそ、時間を切断し見果てぬ未来を到来させる革命的な潜性力を求める」ことで初めて、「覚醒した夢」としてのユートピアが立ち現れるのではないか、と。
最初に扱うのは ロシアの宇宙主義。進んだ文明の火星を訪れるというユートピア小説「赤い星」(1908年)を書き、不死を目指すために自ら血液交換の実験を行い死んでしまったボクダーノフ。19世紀末に地上に生を受けたすべての人間の復活と変容を実現する共同事業を立ち上げ、人類が宇宙というフロンティアに進出するのは必然だと考えたフョードロフ。こうしたロシア流の宇宙主義はソ連時代に立ち消えになるが、ソ連崩壊後復活し、ウクライナ侵攻の思想的背景とつながっていく。
そのほか、黒人アーティストらによる宇宙を志向するアフロフューチャリズム、サイバースペース/メタバースのユートピアと身体の問題を論じ、最後に、いまだ実現されていない可能性や予測できない展開や岐路を求めて近代を振り返ることを可能にする「リフレクティヴ・ノスタルジー」という概念を参照しながら失われた未来を解き放つ方途を示す。
さまざまな宇宙=ユートピアに関する言説が取り込まれ、光と闇が織りなす「見果てぬ未来」が見透かされていく。 <狸>
(早川書房 1122円)