「劇場のグラフィズム」笹目浩之著

公開日: 更新日:

「劇場のグラフィズム」笹目浩之著

 若者たちの熱気が社会に充満し、今にも発火点を迎えようとしていた1960年代、そのブームは突然巻き起こった。小劇場運動だ。写実的でリアリズムを追求した既存の「新劇」に対抗した小劇団による演劇運動は、反体制的、前衛的でアングラ(アンダーグラウンド)演劇ともいわれ、若者たちを熱狂させた。

 SNSが登場するはるか昔、彼らが宣伝媒体の主戦力として用いたのがポスターだった。映画やコンサート、展覧会などのポスターとは異なり、演劇のポスターは公演の稽古が始まる前に製作されるため、劇作家や演出家が自分の頭の中にしかない作品をデザイナーに語り、デザイナーは受け取ったイメージを読み解き、「紙の上で芝居を再現するかのような意気込みでポスターを作っていった」という。

 しかし、ポスターは公演が終わるとともにその役目を終え、ひっそりと姿を消し、再び人の目にとまることはない。

 本書は、寺山修司氏が率いた「演劇実験室◎天井桟敷」との出合いを機に、ポスター貼りを仕事にしてきた著者の膨大なコレクションの中から、その時代の空気をまとった傑作ポスターを紹介するビジュアルブック。

 著者が心酔した「演劇実験室◎天井桟敷」をはじめ、先日、亡くなった唐十郎氏の「劇団状況劇場」や鈴木忠志氏の「早稲田小劇場」、佐藤信氏の「劇団自由劇場」など、まずは当時のブームを巻き起こしたアングラ劇団のポスターが並ぶ。

 アングラ劇団の特徴のひとつが、B全サイズ(728×1030ミリメートル)という大判で、蛍光色を用いたサイケデリックなポスターだ。

 1968年の演劇実験室◎天井桟敷の「新宿版千一夜物語」の公演ポスターは、まさにその真骨頂。今も第一線で活躍する宇野亞喜良氏の作品だ。

 真っ青な下地に真っ赤なアフロヘアの女性の裸身が白く浮かび上がり、大切な場所を空中を漂うリボンで隠された女性は、自らの乳房を搾り出てきた乳をコーヒーカップに注いでいる。蝶のように舞うリボンを昆虫網を持って追う男やパンタロンをはいた半裸の男、頭部分が深紅のバラとなった魚の骨を前にした猫などが配され、めくるめくイメージの爆発で観客を幻惑させた天井桟敷の芝居の世界を見事に伝えている。

 一方、1973年の68/71黒色テントの公演「シュールレアリスム宣言」は、後に装丁家として名をはせる平野甲賀氏の作品。

 便器にまたがった黒マントの男が何かに驚いて振り向いている。その足もとにはシャーロック・ホームズとワトソンを彷彿とさせる影が忍び寄る。

 ほかにも、粟津潔氏をはじめ、金子國義氏、赤瀬川原平氏、花輪和一氏、及川正通氏ら錚々たるメンバーが若き日に手掛けたポスターの熱量たるやすさまじい。

 以降、現代にいたるまで演劇のポスターとチラシ約400点を網羅。もう決して見ることができない当時の演劇の熱と空気を今に伝える貴重な証言者たちだ。

(グラフィック社 4950円)

【連載】GRAPHIC

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    高嶋ちさ子「暗号資産広告塔」報道ではがれ始めた”セレブ2世タレント”のメッキ

  2. 2

    フジテレビ「第三者委員会報告」に中居正広氏は戦々恐々か…相手女性との“同意の有無”は?

  3. 3

    大阪万博開幕まで2週間、パビリオン未完成で“見切り発車”へ…現場作業員が「絶対間に合わない」と断言

  4. 4

    兵庫県・斎藤元彦知事を追い詰めるTBS「報道特集」本気ジャーナリズムの真骨頂

  5. 5

    歌手・中孝介が銭湯で「やった」こと…不同意性行容疑で現行犯逮捕

  1. 6

    大友康平「HOUND DOG」45周年ライブで観客からヤジ! 同い年の仲良しサザン桑田佳祐と比較されがちなワケ

  2. 7

    冬ドラマを彩った女優たち…広瀬すず「別格の美しさ」、吉岡里帆「ほほ笑みの女優」、小芝風花「ジャポニズム女優」

  3. 8

    佐々木朗希の足を引っ張りかねない捕手問題…正妻スミスにはメジャー「ワーストクラス」の数字ずらり

  4. 9

    やなせたかし氏が「アンパンマン」で残した“遺産400億円”の行方

  5. 10

    別居から4年…宮沢りえが離婚発表「新たな気持ちで前進」