「SOON」丹葉暁弥著・写真
「SOON」丹葉暁弥著・写真
北極海へとつながるカナダ・ハドソン湾では、毎冬、凍った湾の氷の上でアザラシが出産。それを狙ってシロクマたちは、ハドソン湾を目指し、数百キロの距離を半年かけて旅をする。
幾つもの河川が海に流れ込み、ハドソン湾が最初に凍り始める南西部・チャーチル周辺には、10月の終わりから11月初旬にかけて、そのことを知る多くのシロクマたちが海岸線に集まってくる。
四半世紀にわたりチャーチルに通い撮影してきた著者による野生のシロクマの写真集。
ページを開くと、ブリザードが吹き荒れる中を1頭のシロクマが歩いている。見渡す限り何もなく、空と地平線の境も分からない灰色一色の中、シロクマも見失いそうになるほど、ぼんやりとしか写っておらず、すさまじい風の音が聞こえてきそうだ。
疲れれば、雪に埋もれながらつかの間の休憩をとり、シロクマは再び歩き始める。
その姿は、孤独だが、半年ぶりのエサにありつける期待からか、表情はどこかうれしそうにも見える。
氷の世界に生きているからなのか、シロクマの毛皮は長く旅をしているとは思えぬほど白く美しい。
明けても暮れてもブリザードが続く中、ひたすら歩き続けるシロクマが、歩くことに飽きたのか、背中を雪原に押し付け、足を宙に広げゴロゴロとしているショット(写真①)もある。まるで子どものシロクマが遊んでいるようにも見え、何ともほほえましい。
暗くなれば、そこが寝床だ。雪原の上で手を枕に眠る姿(写真②)は健やかで、旅の苦しさはみじんも感じさせないが、一夜明けると夜中に降り積もった雪だろうか、それともシロクマ自身の発した水蒸気が凍り付いたのか、顔や体が霜のような氷におおわれている。
そんなシロクマの孤独な旅に寄り添うよう、励ますように、ページの合間に「いつもより、ほんの少し大きく息を吐いてみよう/いつもより、ほんの少し遠くまで行ってみよう」「その気になれば、希望に満ちている世界だということを知っている」などのメッセージが挟み込まれる。
孤独だった旅に突然乱入者が現れる(写真③)。別のシロクマだ。望まない争いになり、ケガをしても旅は続く。やがて孤独だったシロクマにもパートナーができる。
シロクマは、冬の間に食べられるだけ食べて脂肪を蓄え、残りの半年をほぼ絶食で過ごす。しかし、温暖化などでシロクマの生息地は環境が激変。海が凍っている期間は年々短くなり、ハドソン湾ではこの30年で結氷している期間が1カ月も短くなっているという。
1週間シロクマたちの旅が短くなると、体重は10キロ減少するそうだ。
このままでは近い将来、この地域のシロクマは絶滅すると危惧されている。そう聞くと、孤独なシロクマの旅が、生き物が絶えた地球にただ残された未来の人類の姿のようにも見えてくる。
(トゥーヴァージンズ 1980円)