宮藤官九郎 ラジオを語る「TVと違って“むき出し”でいい」
「自由に、自分の言葉でしゃべっている感じ」
放送中の「ゆとりですがなにか」(日本テレビ系)など多くの作品を手がける宮藤官九郎(45)がラジオ本「宮藤官九郎 最強説 オールナイトニッポン始めました」(宝島社)を発表。脚本家や映画監督としてではなく、“素の宮藤”が豪華ゲスト陣との対談やフリートークなどを通し、“ラジオ愛”を爆発させている。テレビにはなくてラジオにはある魅力について話を聞いた。
普段から芸人さんのラジオ番組が好きでよく聴くんですけど、テレビとは全然違って、自由に、自分の言葉でしゃべっている感じがいいなと。この前も、「JUNK爆笑問題カーボーイ」を聴いていたら、お笑い評論家の人が爆笑問題の漫才について的外れな批評を書いたことに、太田さんがものすごく怒ってて、あまりに面白くて仕事休んで聴きました。たけしさんも「フライデー事件」後に謹慎が明けて最初の仕事がラジオだったし、テレビだともうちょっと安全なものしか流れないイメージがあるので、その点、ラジオは“むき出し”でいいなあと思います。
音声だけで完結するのもいいですよね。僕もラジオで映画の「濡れ場」を鑑賞するコーナーをやっていますが、音すら聴かせず、ただ僕が見て「わっ!」「エロいなー」って言ってるだけ。でも、昔のラジオもそうやって想像力をかき立てるのが面白かった。「こんなゲスな番組だと思ってなかった」と思われてるんじゃないかと少し感じてますけど、しょうがない。常々、自分のイメージなんか気にせず、作品だけが伝わればいいと思っているので、自分のパーソナリティーは最低でもいいかなあと(笑い)。
僕はみんなが思っているほど、トンがってもないしマルチなクリエーターじゃないし。そもそも「クリエーター」って言葉が……。「クリエーター」って言われると「違うなあ」と思います。しかも声がすごく心地よいわけでもないし、しゃべりが流暢なわけでもないし、でもおもしろければいい、しゃべってスッキリして、それでいい作品が書ければいいかなと思っています。
みんなに好かれようとすると、結局、すごく好きな人もできない気がするんです。でも、嫌われるのも全然怖くないというスタンスでやっていると、毎週聴いてますって人も現れる。ラジオだから数字(聴取率)も気にしなくていいし。ホントは気にしないといけないんだろうけど、僕が気にしてもしょうがないし。
作品を作るときも、視聴率を取ろうとして作ってはいません。取ろうとしてないクセに取れないと落ち込む、めんどくさいやつなんだけど(笑い)。