五木ひろしの光と影<14>所属レコード会社の事務員ですら三谷謙が専属歌手だとは知らなかった
「ねえ、三谷謙君の曲を一緒に作らない?」
共に「全日本歌謡選手権」(読売テレビ)で審査員をつとめる山口洋子にそう言われた平尾昌晃は、即答しかねたが、あれこれ言われているうちに、うまく丸め込まれて首肯するよりほかなくなった。
「『大丈夫』『勝ち進めるわ』って洋子ちゃんは言うんだけど、はたしてそんなにうまくいくもんかね」
平尾昌晃がいぶかしく思ったのも無理はない。真剣勝負を売りに高視聴率を叩き出していたこの番組において、山口洋子も平尾昌晃もこの時点では中堅、若手どころの作詞家と作曲家にすぎず、さほどの発言力もなかったからだ。
平尾昌晃が抱く疑問と不安をよそに、三谷謙は順調に勝ち進んだ。3週目は「俺を泣かせる夜の雨」という、まったく知られていない曲を歌った。当然ながら場内の反応もいいとは言えない。それでも彼がこの曲を選んだのは、一条英一時代にリリースした曲だったからだ。苦しい時代の曲で作曲も自身が手掛けていた。日の目を見なかったこの曲をテレビの電波に乗せてやろうという意図にほかならず、彼なりの「レジスタンス」と言うべきかもしれない。