美空ひばりの歌声に震えた「バナナ・ボート」のハリー・べラフォンテ
ひばりは会うと、とっておきの隠し芸を披露した。父親から習ったという三門博の「唄入り観音経」である。伴奏なしの切々たる口演はベラフォンテだけでなく、竹中をも震えさせた。
竹中は「それはもう凄いというより他に表現のしようもない。天来の調べであった。ベラフォンテほどのうたい手が圧倒されて声もなく、涙ぐんで聞き呆けていた」と書いている。
「あなたも何か?」と促されたベラフォンテは首を振って言った。
「今夜はうたえません。この唄を聴いたあとでは」
それはお世辞ではなかった。レパートリーに組んでいた日本の歌を、「さくらさくら」のオープニング以外はすべてやめたいと言い、そうしたからである。
「彼女の民謡を聴いたので、私はニッポンの聴衆の前でこの国の歌をうたうことがとても恥ずかしくなった」
フォルク・ローリコ、スペイン風に土着のうた、”民謡”とベラフォンテは言ったという。
この潔さもさすがに世界のベラフォンテなのだろう。代表的な歌の「バナナ・ボート」 はジャマイカ人の労働歌で、もうじき日が昇る。オイラは辛い仕事を終えて家に帰りたいんだ。伝票をつける人よ、バナナを数えてくれ」といった歌詞である。