著者のコラム一覧
田中幾太郎ジャーナリスト

1958年、東京都生まれ。「週刊現代」記者を経てフリー。医療問題企業経営などにつ いて月刊誌や日刊ゲンダイに執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベスト新書)、 「慶應三田会の人脈と実力」(宝島新書)「三菱財閥 最強の秘密」(同)など。 日刊ゲンダイDIGITALで連載「名門校のトリビア」を書籍化した「名門校の真実」が好評発売中。

慶応病院の差額ベッド代は都内最高 背景に東大病院を意識

公開日: 更新日:

「早い段階でとんでもない問題が起きたのがかえって良かったのかもしれない」と振り返るのは、慶応義塾大学病院(以下「慶応病院」、東京・新宿区)の内科系診療科の講師。

 昨年3~4月、慶応病院で新型コロナウイルスによるクラスターが発生した。3月下旬、台東区の永寿総合病院から転院してきた患者を発生源とする院内感染が起こったのである。患者と看護師ら7人の感染が確認された。外来診療の初診受付の停止に追い込まれたが、問題はそれだけでは終わらなかった。世間から大きなヒンシュクを買うことになるのは、次に発覚した事件である。

■研修打ち上げで18人のコロナ感染が判明

 慶応病院で研修を受けていた初期研修医の一人が新型コロナに感染していることがわかったのは昨年3月31日だった。同月26日に研修打ち上げパーティーが開かれ、40人もの研修医が集団飲食していた事実が浮上。最初に感染が判明した研修医はこのパーティーに顔を出していなかったが、参加していた研修医らと一緒に研修を受けていた。

 病院側はパーティー参加の40人と、彼らと接触した研修医ら計99人に対し、2週間の自宅待機を命じ、PCR検査を実施。18人の感染が確認された。

「パーティーの前日、小池百合子都知事が都民に向け、夜間の外出を控えるよう要請を出したばかり。うちの北川雄光病院長も会食の自粛を職員たちに周知徹底し、初期研修医たちに対しても、研修修了後に懇親会などをしないように強く求めていた。しかし、それは無視された。医師としての自覚に欠ける行為に、病院幹部たちは愕然としたのです」

 前出の内科系講師は後輩たちの医療に対する姿勢に、いまだ怒りが収まらない様子。ただ、この事件によって、慶応病院のスタッフたちの新型コロナによる緊張感が一気に高まったのは確かだった。事件のおかげという言い方が正しいかどうかはともかく、同病院では昨年5月以降、1年以上もクラスターは起こっていない。

「どうすれば、新型コロナの脅威を食い止められるか、真摯に、そしてより具体的に、対策に取り組むようになったのです」(事務系スタッフ)

■密状態を作らないために混雑する採血を分散化

 そのひとつが採血の分散化である。2階にある外来採血室の周辺は、朝8時台になると、採血を待つ患者であふれ返る。病院内で最大の密状態をつくり出していた。

「すでに、研修医パーティー事件が起こる前の昨年3月中旬、採血に関して対策を打ち出していたんです。診察予約時間に合わせ採血するように、患者さんたちにお願いしていた。ところが、あまり効果はなかった。午前中に診察が入っている患者さんの多くは、朝一番に来院され、採血を受けようとするため、なかなか改善しなかったのです」

 採血からその結果が出るまで一定の時間がかかるため、なるべく早く受けようと、患者が考えるのは致し方ない。診察予約時間は10時~10時30分というように、30分ごとの枠で設定されている。検査結果が出るのが遅くなれば、診察の順番も遅くなってしまう。

「そこで、診察の前日(午後4時半まで)に採血を受けられるようにしたのです。採血だけであれば、その日の診察料はかかりません。2日続けて来院しなければならないので、患者さんにとってはかなりの手間ですが、けっこう利用される方もいて、朝の採血の混雑はだいぶ緩和されました」

 実際、今年のゴールデンウィーク明けの外来フロアは、それほどの混雑は見られなかった。外来採血室の前も、密にはなっていない。10年以上、月1回のペースで通院しているという70代の女性は次のように話す。

「改善されて本当に良かった。私自身も昨秋から前日の採血を実践するようになり、少しはコロナ対策に貢献できているかと思います」

 この女性は数年前まで、慶応病院に来るのが苦痛だったという。

「以前の外来フロアは天井が低くて薄暗く、来るたびに憂うつになっていた。でも、2階に私の通う循環器系の診療科がある1号館(Ⅰ期棟2015年、Ⅱ期棟2018年竣工)が完成すると、雰囲気が見違えるように変わりました。とてもきれいになったし、何より照明が明るくて、病院に来ている感じがしないんです」

■2番目は東大病院の23万1000円

 1号館の病棟最上階の10階には、慶応病院でもっとも価格が高い特別個室がある。差額ベッド代は24万2000円。都内の病院で最高額だ。ちなみに、2番目は東大病院の23万1000円である。

「価格が高いからといって自慢できるものではありませんが、慶応が東大に負けるわけにはいかないという意識がどこかにあるのは否定できない。うちのほうがゴージャスだと主張したいのです」

 こう話すのは、慶応病院で外科医を務めていた元准教授。東大に対しては、強烈な対抗心があるという。それが垣間見えたのは、12年に3号館がオープンした時だった。

慶応には“私大医学部の雄”という自負が

 それまで慶応病院でもっとも高かったのは、1965年に開設された1号棟(※1号館とは別の建物、今夏に解体)の5階にある病室で8万4000円(2012年当時)。石原裕次郎安倍晋三前首相も入院したことのある部屋だが、老朽化が激しかった。3号館に登場した最高額の病室は18万9000円。東大病院の一番高い病室と同額に設定された。

「1号棟の病室は東大と比べ、かなり見劣りがしていたので、3号館ができ、やっと追いついたと溜飲を下げたものでした」(元准教授)

 それにしても、慶応はなぜここまで、東大を意識するのか。その答えを探るには、医学部が創設される経緯を知る必要がある。

■傷心の北里柴三郎に手を差し伸べた福澤諭吉

 慶応大医学部を創った北里柴三郎は東大医学部出身。北里はドイツ留学中、専門誌に東大の重鎮の緒方正規教授が唱える脚気の細菌説を否定する論文を発表する。これが東大幹部たちの逆鱗に触れ、北里は帰国してもまったくポストを与えられなかった。

 干された北里に手を差し延べたのが福澤諭吉だった。福澤の援助を受け、北里は伝染病研究所を開設し、所長に収まる。ところが、東大の陰謀によって、その座を追われてしまう。傷心の北里に再び声をかけたのが慶応だった。医学部を立ち上げてほしいというのである。すでに福澤は他界していたが、医学部創設は悲願だった。1917年、慶応に医学部が誕生し、北里は初代医学部長に就いた。

 怨念がいまだに残っているというのは言い過ぎにしても、そのライバル意識は相当なもの。「東大が国公立の頂点にあるのなら、こちらも“私大医学部の雄”という自負がある」と元准教授。

「新型コロナ対策でも、東大には負けていない」と話すのは前出の内科系講師だ。AI(人工知能)搭載のロボットの導入で成果を上げているという。

「慶応では4年前にメディカルAIセンターを設立し、AIロボットを病院内で活用しているのです。一昨年にはAI搭載の自走ロボットを導入。薬剤を病室まで搬送するのですが、エレベーターにもこのロボットが自分で判断して乗り降りをするという優れもの。人と人の接触が減るので、結果的にとても有効な新型コロナ対策になっています」

 昨年9月からは、AI搭載車いすが実験的にスタート。自動運転で周囲の状況を的確に判断しながら、患者を目的の場所まで送り届ける。世界初の試みだという。

「AIの活用という点では、東大はもとより、国内の病院でもっとも先行していると思います。今後は遠隔診断をはじめ、さまざまな場面でAIを駆使していくことになる。慶応病院がそのリーダー的存在になっていくのは間違いありません」

 この講師の表情は自身に満ちあふれている。だが、最後に物を言うのは人材。新型コロナの危険にさらされながら、平気でパーティーを開くような研修医たちをどう指導していくかが先決だろう。「医療は人なり」である。

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