「病気の診断名」がすべてではない…目の見えない精神科医が“人間は多面体”の考えを大事にする理由
希望の会社の就職試験に落ちても、その人の価値とは無関係
例えば、希望していた会社の就職面接に落ちてしまった時に、自分の全てを否定されたように感じてしまう人がいます。しかしそれは、会社が求めるニーズとその人の得意技が合っていなかっただけで、その人の価値とは無関係です。
また、離婚をした時に、自分はダメな人間じゃないかと、自身の人格を否定してしまう人もいますが、結婚生活という分野は不器用だっただけで、それがその人の全てを判定するわけではないのです。
音楽の授業では活躍できなくても、体育の授業では大活躍できる人がいます。目玉焼きを焦がしてしまうくらい料理は苦手でも、掃除は得意だという人もいらっしゃるでしょう。
「自分はダメな母親だ」と思っている人も、職場では頼りになるリーダーだったり、平日の会社ではパッとしない人が、休日の家庭ではとっても良いお父さんだったり、親の前では甘えん坊の子どもが、幼稚園では何でも自分でやってみようとする頑張り屋さんだったり、人間には本当に色んな面があるのです。
人間は「多面体」です。良い面もあれば悪い面もある。好きな面もあれば嫌いな面も、優れた面もあれば劣った面もある。目立つ面もあれば、本人すら気づいていない知られざる面もあるのです。
そして、一見劣っているように見える面だって、本当に劣っているのか怪しいところがあります。
すごろくで言えば、早く進みたい時は確かにサイコロの「6」の面が優れています。しかし早く進むことで味わえなくなるコマもありますし、ゴールまでの距離が近づいてきた時には、むしろ微調整できる小さい目のほうが必要になる。「6」が出てしまうと負けてしまう場面だってあるのです!
人間はたくさんの面を持っています。本来はどの面も大切なのに、役に立っている面が才能と呼ばれ、持て余している面が障がいと呼ばれるだけのこと。
私は白衣を着て診察室に座っている時は精神科医という支援者です。しかし、一歩外に出れば、誘導してもらえないと歩けない視覚障がいの当事者です。かと思いきや、音楽と文芸に没頭すれば、医師免許も目が見えないこともどうでもよくなる表現者でもあります。裏の顔はただの変質者かもしれません。
「一体お前は何者なんだ」と言われても、「人間です」としか答えようがございませんのであしからず。
▽福場将太(ふくば・しょうた)
医療法人風のすずらん会 美唄すずらんクリニック副院長。1980年広島県呉市生まれ。広島大学附属高等学校卒業後、東京医科大学に進学。在学中に、難病指定疾患「網膜色素変性症」を診断され、視力が低下する葛藤の中で医師免許を取得。2006年、現在の「江別すずらん病院」(北海道江別市)の前身である「美唄希望ヶ丘病院」に精神科医として着任。32歳で完全に失明するが、それから10年以上経過した現在も、患者の顔が見えない状態で精神科医として従事。支援する側と支援される側、両方の視点から得た知見を元に、心病む人たちと向き合っている。