野口みずき&高橋尚子 金メダリスト2人が女子マラソン変えた
しかし、高橋や野口は当時でも「常識外れ」や「クレージー」と言われた走り込みをしたからこそ世界の頂点に立てたのではないか。
■練習量激減
日本の女子マラソンは、92年バルセロナ五輪で有森裕子が銀を取ってからアテネの金まで、4大会連続でメダルを獲得。それ以後の北京、ロンドンでは、中村友梨香の13位(北京)がベストだ。突然の成績低迷は、アフリカ勢の急激な台頭ばかりが理由ではない。激減した練習量も大きな原因だ。
かつて高橋尚子は本紙にマラソン選手が距離を走らなくなった理由について、「北京五輪直前に野口さんが左太ももを故障し、土佐(礼子)さんも足を痛めて途中リタイア。あれを見て、選手も監督もケガしたくない、させたくないという思いが強くなったように思う」と語っていた。
女子は男子ほど、アフリカ勢との差は開いてはいない。それでも「距離を走らない日本選手が世界を制することはできない」と、2人のレジェンドは思っているに違いない。