自殺した名ハードラー 依田郁子さんが試合前に行った儀式
1964年東京五輪・陸上女子80メートルハードル 依田郁子さん(上)
〈依田(旧姓)郁子さん自殺 東京五輪で大活躍 ヒザ関節の痛み続き〉
64年東京オリンピックから19年。こんな見出しで全国紙が5段抜き、写真入りで報じたのは、1983年10月15日だった。前日の14日夕方、茨城県つくば市の自宅8畳間の鴨居にネクタイを巻き付け、首つり自殺を図ったのだ。享年45。
■スタート前に逆立ち、バック転
依田郁子は80メートルハードルを専門とした、稀有なオリンピアンだった。顔や首、肩にサロメチール軟膏を塗り、逆立ちをしてバック転。さらにレモンを丸かじりする。スタート前の彼女流の儀式、ルーティンではあったが、観客は呆気に取られながらも「依田劇場」と呼んで喜んだ。
そんな依田が、世界にその名を馳せたのは、東京オリンピック開催1年前の63年10月。34カ国が参加した国立競技場でのプレオリンピック(東京国際スポーツ大会)のときだった。80メートルハードル予選で、その年の最高記録10秒6をマーク。決勝でも世界の強豪選手を寄せ付けず、難なく優勝を決めたのだ。