上野「全国銘酒たる松本店」で実践した升酒の流儀 ハイボールを楽しむ若いカップルに言いたい!
第62回 上野(台東区)③
アタシが日本酒を本当にうまいと思ったのは今から半世紀近く前のこと。
たまにこのコラムに登場する亡父と、近所にある養老乃瀧によく行っていた。そこでチューハイなどでトレーニングするわけだ。ある日その店に白鹿だったと思うが、酒樽が入った。親父はいきなり「それを升で2つ、塩もね」。1つはアタシの分だ。
大袈裟に言えば、この樽酒がその後のアタシの酒人生を左右するものとなった。間違いなく今まで飲んだ日本酒とは別物だった。升の角に塩をのせてグビリ。べたつかずさらりとして木の香りのする酒に心を奪われた。
「うまいだろ」
ニコニコしながらアタシの顔をのぞき込んだ親父の顔が忘れられない。
ただ、その晩どうやって帰ったかは覚えていない。そんな樽酒が飲める店、それが今回目指す上野の「たる松 本店」だ。
店内は8人掛けの大きいテーブルが2つ。仕切りの向こうは4人掛けが数脚。そして正面に白木の長いカウンター。午後4時過ぎだが、すでに上機嫌が3、4組。アタシはカウンターのほぼ中央に陣取る。目の前には酒樽がズラリ。高清水、酔仙、そして菊正だ。
ベテランのお姉さんが対応してくれた。
「とりあえず……」
「ビール?」
「いや、菊正の樽(850円)。つまみは白菜漬(350円)とあん肝(650円)」
「はいよ! すぐ持ってくるからね」
ベテラン姉さんは気が短い。本当にすぐ、皿にのせた升と、その上に塩を盛った小皿をのせて持ってきた。そして正1合の徳利に菊正をギリギリまでついで、「ごゆっくり」。うれしい一言。世知辛い昨今、あまり聞かなくなった言葉だ。
お言葉に甘えてゆっくりやることにしよう。まずは升に酒をつぎ、飲み口の角に塩を盛る。左手の甲に塩をのせる星一徹方式もある。升を右手に持ち、塩の盛ってある角をおもむろに口に近づけつつ顔を寄せる。角から塩と一緒にノドに流し込む。ゴクリ。軽く息をつき小さい声で「うまい!」。正統的升酒飲み方講義でした。