「左利きの歴史」ピエール=ミシェル・ベルトラン著 久保田剛史訳
「左利きの歴史」ピエール=ミシェル・ベルトラン著 久保田剛史訳
左利きの人の割合は約1割といわれている。かつては右利きに矯正することが多かったが、近年は無理な矯正はストレスがかかることなどから減少している。しかし、なぜ矯正しなければならないのか。文字が書きにくいなどの理由が挙げられることがあるが、本書はそれ以上の大きな歴史的な背景があることを教えてくれる。
英語のrightには右と同時に正しいの意味があるように、西欧語の多くは右=正しい、有利な、好都合な、といった意味が付与されている。対して左は、不幸、裏切り、悪徳、無定見といった負のイメージを伴っていた。そこから右手=正しい手、左手=邪悪な手という右利き優位の考えが生まれ、これは聖書などにも反映されている。この左手が持つ不吉なイメージは西洋の思考様式に深く根付く偏見であり、さまざまな迷信を生むことになる。
19世紀には、左手を使うのは人間の本性に反するもので犯罪を誘発するとの説を唱える学者が現れる。この説は一般にも受け入れられ、切り裂きジャックとビリー・ザ・キッドがその代表とされた(どちらも実際には左利きではなかった)。さらには同性愛や売春も左利きと関係するといった謬見も飛び出してくる。それに加えて、ナイフとフォークの登場によるテーブルマナーの確立や、公教育の普及により多くの子どもたちが文字を書くようになると右利きのさらなる規範化が推進されていったのだ。
本書には、歴史上活躍したレオナルド・ダビンチなど左利きの天才たちも紹介されてはいるが、圧倒的なのはおぞましいまでの左利きへの誹謗の数々。左利きに限らずあらゆる異端・少数派に対して行われてきたのは歴史の示すところだ。そうした傾向を助長するような政治指導者が権力を握った現在、この異端・少数派の排除の論理をいかにして打ち破っていくことができるかが、喫緊の課題となるだろう。 〈狸〉
(白水社 3960円)