「村に火をつけ、白痴になれ」栗原康著
伊藤野枝の人生は、「超」がつくほど密度が濃い。大正時代のアナキストで、ウーマンリブの先駆者。若くしてバツイチになった後、辻潤との間に2人、大杉栄との間に5人の子をもうけている。「国家の害毒」として憲兵隊に虐殺されたとき、まだ28歳だった。
著者はアナキズムの研究者で、伊藤野枝のファン。野枝さん、最高! と、心のアイドルについて書くようなノリで、野枝の壮絶な生涯を追っている。彼女の人生をひとことで言うと、「わがまま」。学ぶこと、食べること、恋にも性にも、わがままだった。だから、ことごとく「まっとうな社会」とぶつかる。
結婚制度を否定し、姦通罪に憤慨し、不倫だ愛人だとバッシングされても動じない。不倫上等、淫乱結構、騒ぐなら騒げ。好きな人と好きなようにセックスして、好きなように生きるのだ。大杉ともども逆風にさらされ、仕事を干され、いつも貧乏。でも、なんとかなるさ。いくぜ、大杉。金がないならもらえばいい……。野枝の強さを描く筆はほれぼれするような名調子。
野枝は1895年、福岡の今宿で生まれた。著者は一度、野枝の故郷を訪れたが、そのとき、野枝と同世代とおぼしきおばあさんが「あの淫売女!」と吐き捨てるのを聞いて、「ひゃあ」と驚いた。没後90年を経ても、野枝は「ふるさとの偉人」ではなかった。