被害者遺族に寄り添い事件に迫る
「いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件」大崎善生著 KADOKAWA 1600円+税
闇サイトで出会った素性も定かでない男3人が、見ず知らずの帰宅途中の女性を車に拉致し、現金を奪って殺害する。それもハンマーで頭を叩き、ガムテープで顔をぐるぐる巻きにし、その上からレジ袋をかぶせ、再びハンマーで30発は殴る。遺体はそのままゴミのように遺棄された。2007年8月に名古屋で起きた「闇サイト殺人事件」だ。
日本の司法では、1人を殺してもまず死刑にはならない。最高裁が死刑判断の基準を示した「永山判決」に倣うからだ。ところが、この事件は違った。1審の名古屋地裁は1人に自首を認めて無期懲役としたが、2人には死刑を言い渡した。すべてが衝撃的だった。
本書は、1歳9カ月で父親を亡くし、母とふたりで生きてきた被害者女性の31歳の生い立ちを懇切丁寧に追っていく。そして、事件に直面したとき、彼女がとった言動と、残された母親の姿までを描く、被害者遺族に寄り添ったノンフィクションである。
とはいえ、あまりに著者が被害者側の感情にのめり込むため、想像が先走り、その域を越えている感もあるが、私の接してきた犯罪被害者の惨状に照らしても、人の命が無残に奪われる現実を知るには、このくらい書き込まなければ伝わらないだろう。
裁判は、1人が控訴を取り下げたことで死刑が確定し、昨年6月に刑が執行されている。もう1人は控訴審で無期懲役に減刑され、そのまま確定した。やはり判例には逆らえなかった。ところが、“天網恢々疎にして漏らさず”と言うように、そこに大どんでん返しが待ち構えている……。
この事件のあと、09年5月から裁判員制度がスタートしている。現在までに、裁判員裁判での死刑判決は27件。そのうち、被害者が1人でも死刑となったものが、4件ある。それまでの司法判断と市民感覚の溝を表すような数字だが、このうち2件はやはり控訴審で無期懲役に減刑され、1件は控訴取り下げで確定、もう1件は控訴中だ。
こうした中で、日弁連は組織として死刑制度廃止を目指すことを、この10月に採択している。
死刑とはなにか。被害者とその家族を見つめた本書は、それを考えるとてもいい材料になる。