人間を商品として取引する誘拐ビジネスの実態
「これは恐ろしい本です。掛け替えのない生命を持った人間が、単なる商品として取引される実態を克明に描いているからです」
中東取材の経験が長い池上彰氏がそう断言するのが、ロレッタ・ナポリオーニ著、村井章子訳「人質の経済学」(文藝春秋1750円+税)だ。
誘拐を資金源として成長する、テロ組織の手法とその背景に迫っている。
2003年、サハラ周辺で密輸をしていた武装グループが、アルジェリア南部でヨーロッパ人旅行者32人を誘拐した。このとき各国政府が支払った莫大な身代金によって、「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」が設立されてしまう。この誘拐事件は、多くの武装集団に“誘拐が資金調達の格好の手段”と気付かせる結果となり、彼らは次々に誘拐ビジネスへと乗り出していくこととなった。
この問題のルーツをたどると、9・11を契機にアメリカで制定された愛国者法がある。01年からドル取引の全てをアメリカ政府へ届け出ることが金融機関に義務付けられた結果、コロンビアの麻薬カルテルとイタリアの犯罪組織が接近。アフリカのサハラ砂漠南縁部に、ユーロ決済によるマネーロンダリングのためのルートが開拓されてしまう。アメリカがテロ対策として制定した愛国者法が、結果としてテロの資金調達手段を生み出したことになるのだから皮肉なものだ。
本書では、人質交渉の舞台裏にも迫っている。人質たちは、身代金と引き換えにする「助かるグループ」と、テロ組織による外交戦略の駒とされる「助からないグループ」に分けられるという。後者に分類されると、政府が応えられない無理な要求を突き付け、処刑の映像を発信することで国民の感情を操作。対テロ戦争への機運をそぐ。もともとは助かるグループにいて、極秘の交渉が進められていたにもかかわらず、外交戦略の駒として処刑された例として、本書は日本人ジャーナリストの後藤健二氏を挙げている。
トランプ政権でテロ対策はどう変わるのか。日本政府の対応とともに、目を離すことはできない。