優れた小説は実用書としても役立つと再認識

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「騎士団長殺し 第Ⅰ部顕れるイデア編 第Ⅱ部還ろうメタファー編」村上春樹著 新潮社 2017年2月

 村上春樹氏の新作「騎士団長殺し」が抜群に面白い。読者からこの優れた小説を読む楽しみを奪ってはならないので、筋書きについてはあえて説明しない。

 古代ギリシャのプラトン以来、西洋哲学には目には見えないが確実に存在するイデアという考え方がある。現在も世界の主流を占めるものの見方・考え方であるイデアを村上氏は日本人に理解可能な言葉で説明している。例えば主人公(私)と騎士団長による以下のやりとりだ。

〈「つまり他者による認識のないところにイデアは存在し得ない」

 騎士団長は右手の人差し指を空中にあげ、片目をつぶった。「そこから諸君はどのように類推をおこなうかね?」

 私は類推をおこなった。少し時間はかかったが、騎士団長は我慢強く待っていた。

「ぼくが思うに」と私は言った。「イデアは他者の認識そのものをエネルギー源として存在している」

「そのとおり」と騎士団長は言った。そして何度か肯いた。「なかなかわかりがよろしい。イデアは他者による認識なしに存在し得ないものであり、同時に他者の認識をエネルギーとして存在するものであるのだ」

「じゃあもしぼくが『騎士団長は存在しない』と思ってしまえば、あなたはもう存在しないわけだ」

「理論的には」と騎士団長は言った。「しかしそれはあくまで理論上のことである。現実にはそれは現実的ではあらない。なぜならば、人が何かを考えるのをやめようと思って、考えるのをやめることは、ほとんど不可能だからだ。何かを考えるのをやめようと考えるのも考えのひとつであって、その考えを持っている限り、その何かもまた考えられているからだ。何かを考えるのをやめるためには、それをやめようと考えること自体をやめなくてはならない」〉

 本書を読むと、欧米人のものの見方・考え方の根源がわかる。国際ビジネスの第一線で働いている人たちが読むと、役に立つ内容が随所に含まれている。優れた小説は、実用書としても役に立つのだということを再認識した。★★★(選者・佐藤優)

【連載】週末オススメ本ミシュラン

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