欧米と価値観を共有できると信じたことがゴルバチョフの失敗だった
「MI6対KGB 英露インテリジェンス抗争秘史」レム・クラシリニコフ/松澤一直訳/佐藤優監訳 東京堂出版 2017年4月
KGB(ソ連国家保安委員会)と、その後継機関のロシア保安省で、1979~92年まで英米課長をつとめたレム・クラシリニコフ(1927~2003年)の回想録だ。
日本ではほとんど知られていないソ連(ロシア)から見たSIS(英秘密情報部、いわゆるMI6)とインテリジェンス大国である英国の実態が描かれている。
1984年12月にロンドンを訪問したゴルバチョフに関して、SISが、同人は保守的なブレジネフ路線を忠実に継承する共産党官僚という評価をしたのに対して、サッチャー英首相の評価は異なった。
〈ゴルバチョフの中に他の者たちが評価できなかった「もの」をロンドンでの最初の出会いで見つけたサッチャーは、すぐさまゴルバチョフについての「勉強」を始めた。彼女がゴルバチョフの中に見つけた「もの」は、個人的成功を収めることへの関心、抽象的な「全人類的価値」に対する忠誠心、自己過信、自己陶酔に対する抑え難い熱情、追従に対する脆弱性だった。こうした性格に基づく彼の言動は、彼女の崇拝の的であるチャーチルの流儀に完全に適うものだった。すなわち、執拗な手段と雄弁とで倒すつもりだった憎むべき相手でも、時と場合によっては自らすすんで面倒を見るのを厭わない生き方だ。そしてそれはジョン・ル・カレ原作の政治をテーマにした推理小説の愛読者であるサッチャーの好みにぴったりだった。〉
翌85年にゴルバチョフがソ連共産党書記長に就任した後、進めた改革路線を英国は積極的に支持する姿勢を示しながら、ソ連社会の内部を攪乱していく。その手法は、ゴルバチョフを徹底的に褒めるというやり方だ。ソ連と欧米が価値観を共有できると信じたことがゴルバチョフの最大の失敗だったのである。国家首脳の英ソ・インテリジェンス戦争では、英国が完勝したのだ。
本書の至る所に、米国や英国に対する警戒心を怠るなというメッセージが埋め込まれている。元KGB将校だったプーチン露大統領の物の見方、考え方はクラシリニコフにかなり近いと思う。
プーチン政権の内在的論理を知る上でも本書は優れた参考書だ。
★★★(選者・佐藤優)