他人の夢に登場する教授がSNSでバズるも…
ドリーム・シナリオ
大統領選のアメリカに行ってきた。投票日前夜の最後のトランプ支持者集会にも参加したが、午前0時過ぎにやっと登場した本人の演説が終わったのはなんと2時半!
中身はいつものハッタリとハリスの悪口だが、驚くのは聴衆の反応。何を言っても笑い、喝采し、小躍りする。アイドルの推し活と同じなのだ。連想したのが「共通の悪夢」という言葉である。みなが同じ悪夢に酔いしれる。映像ではわからないあの空気感は実に貴重(?)な体験だった。
その「共通の悪夢」をモチーフにしたのが今週末封切りの「ドリーム・シナリオ」。ニコラス・ケイジ演じる冴えない大学教授ポールがなぜか他人の夢の中に登場する。しだいにその輪が広がって、まるでSNSでバズるように彼の出てくる夢が広まる。一躍世間の注目を浴びて浮かれるポール。ところが夢はふいに悪夢に変じ……と、そのままなら喜劇になる直前でホラーに転じるあたりがノルウェー出身のクリストファー・ボルグリ監督の腕前だろう。実際、思えば8年前にトランプが大統領選に出馬したとき、みなお笑い草と思ったのだ。それが悪夢の始まりだったとは──。
ところで映画ではポールが徹底して小心な俗物に描かれて、個人的にはこれがいちばん妙味を覚えた。ノーベル賞作家ソール・ベロー著「ラヴェルスタイン」(彩流社 2750円)はこの手の俗物教授を巧みに描いた風刺小説。ラヴェルスタインは老境に差しかかって著書がベストセラーになった政治哲学の教授。おかげで浪費家の貧乏学者だったのがすっかり舞い上がって、高尚ぶった浪費家ぶりに拍車がかかる。このモデルが大学の大衆化を嘆いた著書でベストセラーになり、一躍保守派の論客とはやされて文化戦争の火付け役になったアラン・ブルームだ。
二重三重に手のこんだユダヤジョークが笑いを誘う佳品である。
<生井英考>