これほど露骨なハゲ蔑視がなぜ、放置されるのか

公開日: 更新日:

「コンプレックス文化論」武田砂鉄著/文藝春秋 1500円+税

 今年6月から7月あたりの流行語といえば、豊田真由子衆院議員の「このハゲーーーーー!」である。本書は「天然パーマ」「下戸」「一重(まぶた)」「親が金持ち」などのコンプレックスについて著者の武田氏が現状に対する分析を行うとともに、なぜそれがコンプレックスになり得るのかを解説する。そのうえで当事者にインタビューをし、最後に結論の文章を再度書くという展開になっている。

 武田氏は、世の中のさまつなことやテレビに出てくる人に対する違和感やモヤモヤとした部分を言語化し、(ひねくれ者タイプの)読者の共感を獲得するタイプである。本書でも同様の論考がバシバシと飛び出してくる。

 本書のトリを務めるのが「ハゲ」である。武田氏はこう書く。

〈ハゲというのは前項のチビに似て、コンプレックスの中でも茶化してしまっても構わないとされる部類に属する〉

 そのうえで、お笑いネタとしてハゲが頻繁にいじられる状況を紹介し、こう続く。

〈少しでも食べ物を粗末に扱えば、たちまちクレーム電話が殺到する昨今だというのに、これほど露骨なハゲ蔑視は放っておかれる〉

 ハゲていることで知られる臨床心理士・矢幡洋氏のインタビューにおけるこの発言は、ハゲに対する世間の扱いを見事に表している。

〈差別する、相手を嘲笑したいという気持ちは、人間のかなり根本的なところにあります。その比較的安全な矛先が、身体的欠陥では「ハゲ」しか残っていない〉

 豊田議員の「このハゲーーーーー!」がシビアなパワハラの現場の録音でありつつも比較的お笑い的文脈で使われたのも、こうした状況が現在の日本にあるからだろう。もし「この無能ジジイーーーーー!」だったら、笑えなかったかもしれない。「このワキガ野郎ーーーーー!」も笑えない。さまざまなコンプレックスはあり、それらを揶揄することは許されないことになっているが、ハゲだけが最後の牙城になっているのだ。

 本書で登場するコンプレックスは命に影響を与えるようなものではない。それなのに当事者がなぜそこまで悩むのか、を笑いをこらえながら、でも彼らに寄り添っているふうを装って書く点が巧みである。

 どうでもいいことだが、私のような編集者の場合、豊田氏の「このハゲーーーーー!」の「ー」の数は何個にするのが妥当なのか、なんとも悩ましい問題である。

★★★(選者・中川淳一郎)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    “マジシャン”佐々木朗希がド軍ナインから見放される日…「自己チュー」再発には要注意

  2. 2

    石橋貴明のセクハラに芸能界のドンが一喝の過去…フジも「みなさんのおかげです」“保毛尾田保毛男”で一緒に悪ノリ

  3. 3

    佐々木朗希“大幅減速”球速160キロに届かない謎解き…米スカウトはある「変化」を指摘

  4. 4

    ヤクルト村上宗隆 復帰初戦で故障再発は“人災”か…「あれ」が誘発させた可能性

  5. 5

    清原果耶ついにスランプ脱出なるか? 坂口健太郎と“TBS火10”で再タッグ、「おかえりモネ」以来の共演に期待

  1. 6

    松嶋菜々子の“黒歴史”が石橋貴明セクハラ発覚で発掘される不憫…「完全にもらい事故」の二次被害

  2. 7

    「とんねるず」石橋貴明に“セクハラ”発覚の裏で…相方の木梨憲武からの壮絶“パワハラ”を後輩芸人が暴露

  3. 8

    「皐月賞」あなたはもう当たっている! みんな大好き“サイン馬券”をマジメに大考察

  4. 9

    ヤクルト村上宗隆「メジャー430億円契約報道」の笑止…せいぜい「5分の1程度」と専門家

  5. 10

    常勝PL学園を築いた中村監督の野球理論は衝撃的だった…グラブのはめ方まで徹底して甲子園勝率.853