「実用手描き文字」姉崎正広編著
文書作成ソフトウエアには使いきれぬほどのフォントが揃い、パソコンがあれば、誰もがそれなりに見栄えのする資料や広告媒体を手軽に作れる。だが、一昔前は違った。
本書は、今や見かけなくなった手描きによるさまざまな「実用図案文字」のデザイン集。なんと大正15年に刊行された原書を再編集した復刻版だ。
コンピューターはおろか、写植もなく、タイポグラフィーやレタリングといった表現が確立する以前、当時の図案家たちがビラやチラシ、看板やポスターなど、さまざまな媒体に合わせて、ひと文字ひと文字、手仕事によって作り出した「描き文字」を紹介する。
現代のフォントのように、丸みを帯びたり、とがったり、ぐにゃぐにゃしたり、一部が太くなったり、細くなったりは当たり前。デザインを言葉で表現するのはもどかしいが、筒状の紙を文字型に切り抜き、後ろ側の紙が影のように寄り添う丸みを帯びた可愛らしい字体や、文字を円や三角形、逆三角形の形にリデザインして統一した字体など、斬新なものも多数ある。
読むのも一筋縄ではいかず、じっくりと眺めるうちに、書かれた言葉とそのデザインの意図が分かるものも多い。
序文を寄せたグラフィックデザイナーの大原大次郎氏によると、こうした凝った手描き文字は「作り手の手遊びと、読み手の目遊び」が交差するなぞなぞのようなものだという。大原氏は、意匠が凝らされた文字を読み解いていけば「当時の商業美術の興隆や作り手の喜びと同時に、それを愉しむ読み手の度量や、社会の受け皿の闊達さに思いを馳せることができる」ともいう。
デザイン関係者には参考書としてもお薦めだが、関係者以外でも、当時の人々とのなぞなぞ遊びが楽しいはず。
(青幻舎 1200円+税)