自然養蜂をいとなむ老女の姿を描く誠実な映像
「ハニーランド」
端正な、目を洗われるような映画である。新型ウイルス禍でようやく来週末に封切られる「ハニーランド」。
前評判では米アカデミー賞の「ドキュメンタリー映画」と「国際映画」の両部門にノミネートされた初の作品というので話題だったが、見ればそんなことはさまつな話。丁寧に取材された誠実な映像の力に勝るものはない。
舞台は北マケドニア。ギリシャの北、旧ユーゴ連邦内にある小さな内陸国だ。
首都スコピエからわずか離れただけで人跡まばらになる荒地に暮らすのは、ヨーロッパで唯一残る「自然養蜂」を営む老女。年齢はせいぜい50がらみか。険しい自然とつましい暮らし。にもかかわらず、そのすべてに天然の気品がある。
めまいのするような絶壁のうろに巣箱を構え、ハチの群れから恵みをいただく。けっして欲張らないのは、それが自然と生きる知恵であり、老母と2人暮らしでは、それ以上望めないからでもある。
そんな暮らしがある日、隣に越してきた子だくさんの家族によって変わる。特に次男は老女になつき、絶壁の巣箱にも同行するまでになる。やがて日は過ぎて……。
これが監督デビュー作となるリューボ・ステファノフとタマラ・コテフスカは撮影に延べ3年計400時間を費やしたが、苦労の跡をひけらかさない控えめな姿勢こそ豊かな表現の源だろう。
自然と対峙する女――幸田文著「崩れ」(講談社 560円+税)は、名随筆家として知られた著者が72歳で静岡・山梨の県境にある安倍峠を訪ねた紀行である。
宝永年間の地震で出現した巨大な山崩れの跡を前に「近づきがたい畏怖」と「いうにいわれぬ悲愁感」を感じる。
「美しいもの、いいものだけが人を惹くのではない、大自然の演出した情感は、たとえそれが荒涼であれ、寂寞であれ、我々は心惹かれるのだ」
<生井英考>