「精神0(ゼロ)」老いを微笑とともに受け入れた精神科医のドキュメンタリー
新型ウイルス禍で世間は大混乱。街の映画館も軒並み休館し、新作の封切りも先行き不透明のまま延期になった。大手の映画会社やシネコンならまだしも、これでは単館ミニシアター系はたまらない。
そこで立ち上げられたのが「仮設の映画館」。ドキュメンタリー作家の想田和弘監督が、新作「精神0(ゼロ)」の配給会社・東風とともに劇場公開予定の5月2日から実施する有料デジタル配信である。
ネット全盛の現代でも実は異例の措置。単なるコンテンツ配信と違って、各地の映画館にも通常の公開同様に収益を分配する仕組みだからだ。映画は製作・配給・劇場の3者が手を組むことで初めて社会に届けられる。つまり“映画界のエコシステム”を守るための試みなのである(詳細は「仮設の映画館」で検索)。
さて、そこで公開される「精神0」。2007年に製作された前作「精神」は岡山の小さな精神科診療所に患者として通う人々を追ったドキュメンタリー。監督は自身の方法を「観察映画」と呼ぶが、ただの傍観ではなく、いかなるときもカメラを構え、壮絶な心の葛藤に苦しむ相手と交わる力が並外れた作品だった。
今回はその続編だが、趣はまるで違う。半世紀にわたって、精神病に苦しむ人々を社会で共生させる方法を実践した山本昌知医師の引退の話が前半。後半は一転、仕事一途の山本氏を支えて、今は認知症を患う妻・芳子さんとの交情を見守る。
人が誰しも直面する老い。それを悠揚と、微笑とともに受け入れた山本氏の姿に真の意味での「成熟」を見る。そう、恐らくは監督自身も、事実上のデビュー作だった前作から約10年を経て成熟しつつあるのだろう。
想田和弘著「精神病とモザイク」(中央法規出版 1400円+税)は前作の撮影記。前作から本書、そして新作へと続く道程の年月を思う。
<生井英考>