「森の文学館 緑の記憶の物語」和田博文編
さまざまな表情を見せる森をテーマにした作品を集めたアンソロジー。
猟師の案内で久しぶりに熊野の森に分け入った「私」は、もの狂おしいほどの瘴気を浴びて、たじろぐ。耳をすませば、楢(ナラ)や樫(カシ)の木の樹液が流れる音が鼓膜をなでる。楢の樹液はさらさら、樫のそれはとろとろと。木漏れ日には金の小紋、風には銀のうろこをならべる湧き水の水面に、書き込みだらけの古紙に似た私の顔が浮かぶ。その刹那、私は言葉の不実に思い至る。シダの海を立ち泳ぎするようにあえぎあえぎ歩いていると、猟師が登山中に行方不明になり、一昼夜後に裸足で見つかった若者の話を始める。(辺見庸著「森と言葉」)
ほか、村田沙耶香や倉本聰、寺山修司ら多彩な執筆陣による小説やエッセーなど37作品を収録。
(筑摩書房 840円+税)