アメリカを歩く
「帰還兵の戦争が終わるとき」トム・ヴォス、レベッカ・アン・グエン著 木村千里訳
村上春樹ファンがハルキストなら、ひたすら歩いて踏破しようとするのがアルキスト。実はその心中には深い傷や強烈な思いが横たわっている。
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アメリカは20世紀以来ずっと戦争し続けてきた国。ゆえにどの時代にも戦争の帰還兵がいる。著者のトムは9・11同時多発テロ後のイラク戦争に従軍した元米陸軍兵士。その心は戦争の忌まわしい記憶で満たされ、屈辱感と罪悪感はセラピーでも薬物でも癒えることがなかった。
レベッカはその姉で作家。ある日、「アメリカを歩いて横断する」と決意した弟の体験と語りを実際にことばで描いたのが彼女だ。
軍隊に入り、しごきを受け、自尊心を剥ぎ取られる経験は「自我を完全に放棄すること」だという。
戦地での悲惨な体験を経て帰国したあと、心は既にズタズタになっていた。平和な祖国を歩いている記録なのに「臨戦態勢」ということばが現れ、戦地での暗い記憶がよみがえる。戦争から帰った人々は「モラルインジャリー」(道徳的負傷)を負っている。それは「魂に刻まれた傷だ」と著者はいう。その傷にえぐられて苦しむ心を、旅の辛苦で乗り越えようとする男の姿。題名とは裏腹に、必死の祈りの旅は永遠に終わらないのではないだろうか。
(草思社 2200円)
「歩みを止めるな!世界の果てまで952日リヤカー奮闘記」吉田正仁著
かつては日本のどこにでもあったリヤカー。あれに荷物を積んで、ひたすら引きながら歩く。最初はダメな自分と決別するため、日本を飛び出して「時速5キロ」のリヤカー旅に出たのが2009年。中国の上海を出発し、1年9カ月かけてユーラシア大陸の西端までたどりついた。
その後、次々に世界の大陸にチャレンジし、今回が総仕上げの南北アメリカ大陸。2万5000キロの徒歩の旅の記録だ。パタゴニアを出発し、アンデス山脈を越え、最初は南米大陸で終わる予定だったらしい。結局は北米にも踏み込み、極寒の中を歩み続けて終着点へ。最初から数えるとちょうど10年でリヤカー旅に幕を下ろし、いまは帰国して就職したという。
行く先々で遭遇した困難と人の情け。歩くことで心も体も浄化される、そんな思いが読者にも伝わる。
(産業編集センター 1320円)
「アメリカの〈周縁〉をあるく」中村寛、松尾眞著
アメリカの黒人居住区を研究してきた文化人類学者が、高校時代以来の友人という写真家と一緒にアメリカを歩く旅に出た。移動そのものは車を使う。それでもアメリカの「周縁」、つまり主流の人間たちとは違った社会を地べたで見て回ろうというわけだ。
特に念入りに回ったのが、アメリカ先住民居留区。
もともと北米大陸に住んでいたにもかかわらず、白人の移民に蹴散らされ、土地を奪われたあげくに虐殺され、残った人々は居留区に押し込められた。産業はなく、失業率も昔から高く、尊厳を奪われた人々が立ち上がるのは容易ではない。
そのさまに義憤を抱きながら、見るものすべてを目に焼き付けようとするかのような日本人中年2人組。ありがちな“珍道中もの”には向かわず、どこかに青くささを残したままの姿勢が印象的だ。
(平凡社 2970円)