「菌類が世界を救う」マーリン・シェルドレイク著、鍛原多惠子訳
多細胞生物の大きなグループとして、動物界、植物界、菌界の3つがある。本書の副題に「キノコ・カビ・酵母たちの驚異の能力」とあるように、菌界に属する菌類の代表的なものがキノコ・カビ・酵母である。世界には220万~380万種の菌類がいると推定されているが(植物の推定種数の6~10倍)、現状で発見されているのはそのうちのわずか6%にすぎない。要はまだまだ未知な部分が多く、その研究は緒に就いたばかりなのだ。
パナマの熱帯雨林で地中の菌類ネットワークを研究したイギリスの生物学者である著者は、最新知見を交えながら菌類という未知なる世界へ導いてくれる。
近年、脳を持たない粘菌(菌類ではなくアメーバ)がある種の記憶をもって独特の行動をすることが注目されているが、菌類もまた脳を介さずに独自のネットワークによって異なる植物間を結びつける能力を有している(WWW=ウッド・ワイド・ウェブ)。そのネットワークで重要な役割を果たしているのが菌糸体だ。糸状の細胞が無数に枝分かれして土中にネットワークを作っていく。光合成の能力を持たないギンリョウソウモドキやボイリアなどの植物はこの菌糸体ネットワークによって必要な栄養分を取得していることが近年解明されている。そもそも植物が陸上へ進出できたのも、根に絡みついた菌類が土中の栄養分を植物に提供したことによるものだ。
その他、土壌や水質の汚染除去、殺虫剤、合成染料、爆薬、原油、プラスチックなど下水処理では除去できないものの分解、大腸菌など感染症の病原体を除去し、重金属をスポンジのように吸収するなど、菌類は実に多彩な能力を有する。
さらには代用皮膚、環境に負荷のかからないプラスチックに代わる包装材として菌類由来の新素材が使用されているという。文字通り「菌類が世界を救う」のだ。
脳をもたない粘菌や菌類の能力が注目されているのは、唯脳論的な人間中心主義が大きな曲がり角に来ていることの証しでもあるようだ。 <狸>
(河出書房新社 3190円)