「ヒュパティア」エドワード・J・ワッツ著 中西恭子訳
紀元350年ごろエジプトのアレクサンドリアに生まれたヒュパティアは天文学、数学にも造詣の深い哲学者で、その哲学講義は市民に大きな人気を得ていた。しかし権力抗争に巻き込まれ、修道士の一群に襲われて衣服と体を陶片で引き裂かれ、目をえぐられ、その骸(むくろ)は路上に引き回された上に燃やされた。
彼女の劇的な生涯はチャールズ・キングズリーの小説など多くの著作に取り上げられた。近年もレイチェル・ワイズがヒュパティアを演じた映画「アレクサンドリア」(2009年)が公開されている。
しかし、ヒュパティアに関する史料は少なく、書き手(多くは男性)の琴線に触れる物語だけを語るという弊に陥りかねない。本書はそうしたバイアスを排し史実に即した彼女の歩みを明らかにしようというもの。
著者はまず4世紀後半のアレクサンドリアの街を概観する。当時のアレクサンドリアはキリスト教徒が多数派の都市であり、ヒュパティアの生徒の多くもキリスト教徒であった。
一方、このころの有力な哲学者の多くは伝統的な多神教(キリスト教側からすると異教)の信奉者で、後にキリスト教思想に大きな影響を与える新プラトン主義が勃興しつつあった。要するに、キリスト教の影響力の増大によって、宗教・哲学ともに大きな変化が兆していたのだ。
こうした動きの中で伝統的な哲学を講ずるヒュパティアはいささか時代遅れといった向きもあったが、依然として市民の彼女への信頼は厚く、弟子から恋愛感情を打ち明けられても一蹴し(彼女は生涯、性的交渉を持たなかったという)、ジェンダーを超えて哲学者という立場を確立しようとしていた。しかし、エジプト総督のオレステスが民衆の信頼を得ていたヒュパティアに近づいたことが、オレステスに対立していた司教のキュリロス派の反感を買い、ついにはキュリロス支持の僧たちによる惨殺に至ってしまう。
ヒュパティアの死から1600年余、いまだに女性の哲学者の少ないこの社会に、彼女は何を思うのだろうか。 <狸>
(白水社 3960円)