アメリカの分断
「アメリカ分断の淵をゆく」國枝すみれ著
今年秋の中間選挙を前にトランプ派の勢いが増すアメリカ。分断の悩みは深い。
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毎日新聞記者の著者。生まれつき自立心と好奇心が旺盛らしく、大学時代にアメリカ留学したときは、たいして英語もできないのに「水を得た魚のよう」といわれたという。
日本の同調社会におさまらない個性が、親しんだアメリカの苦境に心を痛める。
訪問先は鎮痛剤オピオイド中毒に苦しむ貧しいウェストバージニアの被害者たち、人種差別むきだしのケンタッキーの白人至上主義団体、世論を二分した尊厳死を実行するオレゴンの終末期の老人たち、反黒人差別のBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動が発祥したカリフォルニア州オークランドの黒人ボランティア……。
ネオナチの集会にも誘われると「行きます!」と即答する一方、反人種差別のBLMは「白人や警察官が黒人を殺したら問題にするけど、黒人が黒人を殺しても問題にしない」と期待しない黒人少女を前にことばを失う。
単刀直入で硬軟自在。体当たりの積極性で難しいとびらを次々に開けていった様子が行間からうかがわれる。終章ではキング牧師の理想をうけつぐはずのBLMに対して「黒人の命は大切じゃない!」と叫ぶ白人少女を目撃する。
(毎日新聞出版 1980円)
「分断された天」スラヴォイ・ジジェク著 岡崎龍監修 中林敦子訳
スロベニア出身の哲学者として世界に名高いのが本書の著者。2020年から翌年にかけて執筆された本書では、よるべなき労働者を指すマルクス主義の「ルンペン・プロレタリアート」に代えて、「ルンペン・ブルジョワジー」という概念を提唱。これは根っこもなく、利益の追求だけに奔走するグローバル資本主義の下のブルジョワのことだ。
書名は天下の混乱こそ好機があるとする毛沢東の言葉をもとに、「天」はつねに無秩序にあり、その創造性を評価するという独自の思想にもとづく。ネットの興隆期に「ウィキリークス」で各国政府から危険視されたジュリアン・アサンジを高く評価する一方、本書が書かれた時期に政権末期にあった米国のトランプについても繰り返し言及する。アメリカには「国家主義ポピュリストと共産主義者の二極しか存在しない」かのように説くトランプこそ、「分断」を自分の政治的エネルギーの源にする狡猾な手段なのだ。
(Pヴァイン 2750円)
「正義が眠りについたとき(上・下)」ステイシー・エイブラムス著 服部京子訳
トランプ時代から司法の中立性が侵害され、新たに指名された保守派の判事たちが長年の判例を次々にくつがえす米連邦最高裁。本書はそこを舞台に、信念一途の判事が昏睡状態に陥る中、彼に仕える主人公・ロークラーク(法律事務員)のエイブリーが心ならずも国土安全保障省やFBIが複雑にからむ謎に挑む物語だ。
一般にはなじみの薄い最高裁判事の立場や仕事が明らかになり、現在のアメリカ分断のタネとなる同性婚や人工妊娠中絶問題などを左右する状況の背景が自然に理解できるようになる。遺伝子工学にグローバル企業がからむ長い物語。作中では最高裁の長官が女性に設定されている。
(早川書房 各1408円)