「地図は語る」ジェームズ・チェシャー、オリバー・ウベルティ著 梅田智世、山北めぐみ訳
「地図は語る」ジェームズ・チェシャー、オリバー・ウベルティ著 梅田智世、山北めぐみ訳
コレラの病原体がコレラ菌と特定される30年も前の1854年、ロンドンの医師ジョン・スノウは、患者の家を地図に記し、発生源の井戸を特定して流行を終息させた。
視覚化されたデータは、自分たちを守る武器にもなるのだ。人類の敵は、いまや感染症のみならず、不平等や格差、気候非常事態など各分野に及ぶ。
本書は、世の中のさまざまなデータを視覚化して、知られざる世界の実態を白日の下にさらすビジュアルテキスト。
例えば、細い黒い線が縦横無尽に画面を行き交う幾何学的な模様。現代アートにも見えるこの図は、実は欧州上空のフライト1週間分を線で表した地図だという。つまりこれはヨーロッパの人々の頭上を覆う目に見えない排ガスの網なのだ。
またあるページでは、日本を含む30カ国の1日の男女別の平均労働時間を三角形で表現。
下層部分は炊事・掃除から育児・介護まであらゆる家事を含む無償の労働時間を示しており、三角形がいびつな形になるほどジェンダーギャップがあることを示す。
残念ながら日本の男性の無償労働時間は、最も平等なスウェーデン男性の4分の1以下の40分で、30カ国中最低だ。
ほかにも、漁船の追跡記録から乱獲や違法行為を可視化した海洋図や、奴隷船のデータから明らかになる意外な事実など。人類の過去、現在、未来がデータから浮かび上がる。
扱われるのはビッグデータだけではない。ホロコーストを生き延びた男女2人のユダヤ人の足取りを記憶地図に落とし込んだ章では、2人の過酷体験から、犠牲になった600万人の不条理な死と無念がしのばれる。
夏休み、子どもと一緒に手にすれば、世界を学ぶ格好の教科書になってくれそうだ。
(日経ナショナルジオグラフィック 2970円)