「観光消滅」佐滝剛弘著
「観光消滅」佐滝剛弘氏
2024年上半期の入国者数は1778万人で過去最高を更新。インバウンドの活況を実感している読者も多いのではないだろうか。
「国は2007年に、『観光立国推進基本法』を施行しました。『観光は、第1次産業からサービス業にまで影響を与える“すそ野の広い産業”だから、日本全体が豊かになる』とメディアもはやし立てましたが、その結果はどうでしょう。ラーメン店での行列、観光地では交通機関が大混雑。オーバーツーリズム問題が起こったどころか、日本人にとっては海外がさらに遠くなりましたよね。私たちは、観光立国というビジョンを見直す分水嶺に立っているのではないでしょうか」
本書は、近年露呈してきた“観光立国”の負の側面に、豊富な事例とともに強烈なスポットライトを当て、観光のあるべき姿を私たちに問いかける警世の書だ。
オーバーツーリズムと聞くと、外国人観光客による“舞子パパラッチ”などの報道を思い浮かべがちだ。しかし、「メディアが取り上げないもっと深刻な問題は人口減です」と著者は言い、こう続ける。
「厚生労働省は2018~22年の市区町村別の合計特殊出生率を発表しました。それによるとワーストは0.76の京都府東山区で、続いて大阪市浪速区、京都府上京区、下京区……。また、京都市のデータによると、転出した年代のトップが25~29歳、次に30~34歳、0~4歳となっています。富裕層向けのホテルを積極誘致していた京都市は一見潤っているように見えますが、住民たちはJR琵琶湖線沿いなどに転居してしまっているんです」
京都には1人5万円以上する高級ホテルが乱立し、なかには敷地内に能舞台を備えた施設もあるという。過熱するラグジュアリー化は、観光客の支出の大部分をホテル内にとどまらせる。しかし、高級ホテルのほとんどが外資系であり、生まれた富は海外の本社に吸い上げられているのだ。
「そもそも観光業は不確定な要素の多い業界である上に、昨今はパンデミックや戦争、気候変動といったグローバルな変数が増えています。また、観光の柱である交通機関も深刻な人手不足。北海道のニセコでは飲食店や施設清掃の時給が1700円と急騰していますが、それによって介護などの国が定める収入額が決まっている業界は人手不足に拍車がかかり、思わぬ社会的弱者に負担が集中しています。さまざまな側面から見て、観光は“消滅”の危機にあるんです」
長年メディアに携わってきた著者ならではの視点も満載。記憶に新しい、観光のあり方を問う“あの事件”に対する洞察は示唆に富んでいる。
「“エッフェル姉さん”には、“観光は悪”という認識が私たちにあることを痛感させられました。あの能天気さが批判を受けるのは理解できます。しかし、本来の観光は文化の相互理解であって、評価されるべき行為なんです。また、建前論ではありますが、東京タワーとエッフェル塔の運営方法の違いを報告するだけでも、国が本気で観光振興に力を入れていることを示せるチャンスでした。政府も、そして私たち自身も、観光の文化的な意味を再認識するべきではないでしょうか」
ほかにも、広島のお好み焼き屋に外国人が殺到するきっかけになったSNSでの“バズ”や、自治体が踊らされる世界遺産ビジネスの国策化などを紹介。各地で起こる観光問題は、対岸の火事ではない。 (中央公論新社 990円)
▽佐滝剛弘(さたき・よしひろ) 1960年愛知県生まれ。東京大学教養学部(人文地理)卒業。NHKディレクターとして「クローズアップ現代」などの制作に携わった後、高崎経済大学、京都光華女子大学を経て、現在は城西国際大学観光学部教授。著書に「観光公害 インバウンド4000万人時代の副作用」「『世界遺産』の真実 過剰な期待、大いなる誤解」「郵便局を訪ねて1万局 東へ西へ『郵ちゃん』が行く」など多数。