「50万語を編む」松井栄一著、佐藤宏編
「50万語を編む」松井栄一著、佐藤宏編
日本初の近代的国語辞典、大槻文彦の「言海」が刊行されたのは150年ほど前。以来多くの国語辞典が作られてきたが、「大日本国語辞典」(1915-19)は収録語数約20万語(「言海」は約3万9000語)を誇り、何より用例の豊富さで他を圧倒していた。
編纂者の一人、松井簡治は増補版のために膨大な増補カードを準備していたが、戦争のため刊行はかなわなかった。戦後そのカードをもとに新たに生まれたのが「日本国語大辞典」全20巻(通称「日国=にっこく」)で、その編集委員の一人が簡治の孫の栄一だ。著者は第2版の編集にも携わり、その後も最晩年まで用例採集にいそしんでいたという。本書には、辞書作りに生涯をかけた国語学者の辞書に対する並々ならぬ思いがつづられている。
栄一の父、驥(き)も簡治の「大日本国語辞典」の校正を手伝い、自らも辞書の編纂に携わっており、栄一の中には3代にわたる辞書編纂者の血が流れている。そうした辞書作りの連鎖する魂を受け、著者がもっとも大事にしたのが用例だ。
小辞典、中辞典ではスペースの関係から用例を入れる余裕がなく、「日国」のような大辞典こそ充実した用例が必要とされる。実際、初版では75万、第2版では100万の用例が収められている。用例を付することで、その語の使われた時代や用法、表記に関する裏付けとなる。例えば「青空」「天国」は、当初それぞれ「アオソラ」「テンコク」と発音されていたことがわかるのも具体的な用例が示されてのことだ。
とはいえスマホもインターネットもない時代、用例採集は短冊形のカードに実際にその言葉が使われている例、出典、日付などを書き込んでいくという地道な作業の積み重ねだ。
現在ではネットの「日国友の会」で一般の人から用例が寄せられ、12万件の用例が公開されているという。著者の遺志を継いで「第3版」を刊行してほしいという人は決して少なくないだろう。 〈狸〉
(小学館 2420円)