「小さな国の大自然」井村淳著
「小さな国の大自然」井村淳著
日本各地の野生動物たちを活写したネーチャーフォトブック。
体に積もる雪をはらうことなく、じっと目を閉じて温泉につかる長野県地獄谷のニホンザルに始まり、赤く幻想的な満月を背景に立ち木にとまって朝を待つ新潟県福島潟のカワウの群れのシルエットをとらえた最終ページの作品まで。
どの作品にも人の気配どころか、文明のかけらも写っておらず、動物たちが暮らす大自然の風景とともに、その命の一瞬のきらめきをカメラに収める。
夕日を反射して金色に輝く海をバックにした神々しいまでのエゾシカのオスのシルエット(北海道野付半島)や、凍てついた巨大な山脈を遠くに望む海洋で悠々と泳ぐシャチ(北海道羅臼町)、宮城県伊豆沼では広大な淡水湖の上空を覆い尽くすようにマガンの群れが飛んでいる。
雄大な大自然の中で生きるこうした野生動物たちの姿とともに、著者は人間の暮らしのすぐそばにある生き物たちにもレンズを向ける。
東京の町田市では空飛ぶ宝石と呼ばれるカワセミたちの姿を、そして世田谷では池を泳ぐカルガモの子どもを。幼いカルガモのクチバシから今にもしたたり落ちそうな水滴が朝日に輝き、一心に前を向いて、おそらく水の中では必死に足を動かしているのだろうその幼鳥の瞳が何とも美しい。
その隣のページに掲載されたニホンザルの幼子の瞳も印象的だ(長野県地獄谷)。
母ザルに手を引かれ歩きながら、著者のカメラに気づいたのか、振り向いた幼いニホンザルの瞳は、無垢で好奇心に満ちている。
命のバトンリレーともいえる、思わず頬が緩むこうした幼い動物たちの愛くるしい姿があるかと思えば、自然界で暮らす厳しさが伝わってくる作品もある。
闇夜の中、まるで著者が構えたカメラのレンズが獲物であるかのように、真正面から向かって飛翔してくるシマフクロウ(北海道羅臼町)や、雪原で繰り広げられるタンチョウとオジロワシ(北海道阿寒町)、そして同じくタンチョウとキタキツネ(北海道鶴居村)の攻防など。命のやりとりが絶え間なく行われている自然の営みの一端をとらえる。
ほかにも、北海道礼文島のゴマフアザラシや東京都御蔵島のハンドウイルカ、小笠原村のザトウクジラなど海の生き物から、北海道各地で撮影されたエゾヒグマなどの大型獣、エゾリスやエゾシマリス、エゾモモンガなどの小動物、そして小笠原村のカラスバトやカツオドリまで、小さな島国に暮らす陸海空のさまざまな動物たちを活写。
街中で暮らしていると普段は忘れがちだが、私たちの暮らすこの小さな島国がどれほど豊かな自然に恵まれているかを改めて気づかせてくれる。
この国がいつまでも生き物たちにとって楽園であり続けるようにと願わずにはいられない。
(春陽堂書店 2200円)