病と闘いながらヒット連発 脚本家・北川悦吏子の波乱の半生
「AERA」誌上で、15年以上にわたって苦しんでいた難病の病名を初めて告白した北川悦吏子(53)。10万人に1人ともいわれる「炎症性腸疾患」で、大腸などの粘膜に慢性の炎症や潰瘍が起こる原因不明の病気。かつて安倍首相が辞任する原因となったほどの重病だ。
病名は伏せたまま「痛くて痛くて、吐いたり、叫んでしまうくらい痛い」「『こんなに痛いのは嫌だ。もう死にたい!』と思い、人に向かってもそう言いました」と語っていたこともある。何度も入退院を繰り返し、その間にも脚本や映画監督の仕事をしながら、あらゆる治療法を試したが治癒には至らず、10年に大腸全摘の手術をして、やっと症状が落ち着いたという。
ところがその後、今度は「聴神経腫瘍」という、これも10万人に1人という難病に侵され、左耳が完全失聴してしまっているという。
1961年、岐阜県美濃加茂市出身。県立加茂高校を卒業し、早稲田大学第一文学部に進んだ。地元の信用金庫に勤める父は上京に反対だったが、「4年で戻る」との誓約書を書いて東京行きを許された。しかし、大学卒業時、広告代理店に就職し、父との約束を反故にした。広告代理店ではコピーライター志望だったが、雑用の毎日に嫌気し、すぐに「にっかつ撮影所」に転職、勤務しながら脚本の勉強をした。