ブルースはまだ続いている。もう一度言おう、夢を忘れずに
2008年7月、忌野清志郎は「徹子の部屋」(テレビ朝日系)に出演。心ここにあらずの清志郎。収録時、清志郎はがんの転移が懸念されていたころだった。
RC時代と清志郎の晩年、スタッフだった片岡さんが語る。
「その中で一瞬だけ、清志郎がはっきり発言したシーンがありました。出演が決まっていた夏のフジロックフェスティバルの話題でした」
徹子「苗場で? あそこでロック……コンサートみたいな」
清志郎「いや、フェスですね」
清志郎の中では明確に伝えておきたい線引きがあったのだろう。
「『35周年ツアーブック』のQ&Aで清志郎さんはこんなことを答えています」
――通行手形は?
「ギター。世界のパスポート」
――お弁当(スタミナ源)は?
「絞れないですけれど……途中までは夢とか希望とか。途中からは家族だと思います」
50歳になった清志郎が自転車を始めたのも、雪中で遭難した息子を80歳の父親が捜し出し、背負って救出したというニュースに触れ、自分にはそんな力があるのかと自問自答したのが発端だった。