<3>作家になる原点は少年時代の躓きと傷
人生の転機は、おおむね思いがけない形で訪れるものだ。阿佐田哲也さんの人生で、大きな躓きとなった事件が起こったのは、卒業そして中学進学を控えた、小学校6年生3学期だった。
私は、この躓きをきっかけに起こったいろいろな出来事が、阿佐田哲也という作家を世に送り出したと思う。
3学期にもなると、授業は少なくなり、阿佐田さんたち進学希望者は、中学の口頭試問の練習などをする。そのときクラスの乱暴者が、彼らにしつこく悪ふざけを仕掛けた。
阿佐田さんはやめさせるつもりで、机の中からナイフを取り出した。乱暴者が、これを素手で掴んだから、騒ぎになった。傷ついた手から血が流れた。
そのナイフだが、まったくのお手製。少年たちは遊び道具のない時代、こんなもので冒険心を満たしていた。
長さ15センチほどの五寸釘を、電車のレールに寝かせて轢かせる。轟音を響かせ電車が走り去ると、レールには熱く潰れた釘が残る。それを砥石で研ぎ、刃を作った。