<3>作家になる原点は少年時代の躓きと傷
シャイな笑みを浮かべ、私に語りかけた阿佐田さんに、この事件の傷をうかがわせるものはなかった。偶発の事故で、四中志望の友人を庇ったのは、当然やるべきことだと感じたのか。一方で、名乗り出るのを逡巡した側には、終生の負い目が残りそうだ。それでも阿佐田さんは、友人を庇い通した。その優しさは生来のものだが、どこか虚無的なにおいもする。
それから3年後、戦局がきびしい中、阿佐田さんは無期限停学という処分を、進学した新設の中学から受けている。
この理由も“劣等生”だから……ではなかった。勤労動員で駆り出された工場で、仲間たちとガリ版刷りの同人雑誌を作った。戦時色に似合わない“軟弱”な内容が咎められてのきびしい処分。阿佐田さん、第二の蹉跌である。