<3>作家になる原点は少年時代の躓きと傷
だが、そのときのナイフは、阿佐田さんのものではなく、府立四中(現・戸山高校)を目指す秀才の友達の手製。阿佐田さんは預かっていただけだった。
けが人が出て、担任教師が駆けつけてくる。
いかなる理由があろうと、教室に刃物を持ち込むのは禁止である。教師の怒声が「おまえのものか!」と、阿佐田さんに浴びせられる。
彼は双眸に涙をにじませ「ぼくのです」と答えた。その場面には、ナイフを作った友人もいた。だが「それは自分のものです」と、言えなかった。自分を庇ってくれていると感じたが、言葉が出なかった。
阿佐田さんは刃物を持ち込んだ理由で、内申書の操行が「丙」に落とされ、三流の新設の中学に進学するしかなくなった。庇ってもらった生徒は進学希望の府立四中から陸軍士官学校と、当時の超エリートコースへと進学していく。
2人の交際は晩年まで続いたが、手製のナイフのことを、阿佐田さんは決して語らなかったようだ。
「僕は劣等生なんですよ」