TBS小笠原亘アナが語る 松山英樹マスターズV“55秒の沈黙”

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小笠原亘(TBSアナウンサー/48歳)

 松山英樹(29)のアジア人初優勝で幕を閉じた今年のマスターズ。その快挙を生放送で伝えたTBSの中継も大きな注目を集めた。松山がウイニングパットを沈めた瞬間、実況を担当した小笠原亘アナ(48)は「ついに、ついに世界の頂点に松山が立ってくれました……」と言うと、実に55秒間も沈黙。涙があふれ、言葉が続かなかった。解説者の中嶋常幸プロは嗚咽し、東北福祉大の先輩にあたる宮里優作プロも天を仰いで押し黙った。放送席に座る3人全員が男泣きするという異様な雰囲気が快挙の重みを生々しく伝え、ツイッターでは「もらい泣き」がトレンド入りした。

■「良かったなとも思っています」

 ――改めて快挙の瞬間を振り返ると。

 ついに、この時がきたかという思いでした。最終日の後半、松山選手がなかなかスコアを伸ばせずに苦しむ中、18番のティーショットをフェアウエーに置いた。その時、宮里優作さんの「王手だ、王手だ!」という声を聞いて、この快挙を日本中に伝える役目を担うんだと、一気に緊張感が高まりました。実況担当として、毎年、優勝すると思って準備をしてきました。私が初めてマスターズのメイン実況を担当したのが2016年。松山選手はその年、首位に2打差で最終日を迎え、優勝争いに加わった。以来、絶対に松山のマスターズ制覇を私が実況するんだと思ってやってきて、それが現実になったわけですから、やはり、ついに……という思いでした。そして、「松山、ありがとう」と。

 ――その思いがあの感涙実況になった。55秒の沈黙が話題になりましたが、普通なら放送事故です。

 怒られますよね、普通は。実況中に泣いたことで怒られ、黙ったことで怒られ。「ダメだよね、アナウンサーとして」という話です。でも、良かったかなとも思っているんです。

 ――というと?

 コロナ禍で11月開催になった昨年に続き、今年もオーガスタの現場での実況はかなわなかった。赤坂(のTBSのスタジオ)から放送せざるを得ない中で、制作のスタッフさんみんなが知恵を絞り、臨場感のある中継をしてくれました。優勝を決めて引き揚げる松山選手と抱き合って喜びを分かち合った飯田トレーナーの涙声、パトロンの拍手と「ヒデキ! ヒデキ!」という歓声……。昔はパトロンのイントネーションは「ヒデーキ」だったんです。それが米ツアーで結果を残し、米国ファンの間でも人気が定着したことで「ヒデキ」に変わった。私は55秒も黙ってしまったわけですが、結果的に現場のそういう雰囲気がリアルに伝わった。実況の声がなくても成立することもあるんだなと感じました。

 ――放送席にいた中嶋プロ、宮里プロも言葉が出なかった。

 中嶋さんは選手として11回、解説者として23回目のマスターズでした。ご自身が何度も挑戦されてははね返された。10度目のマスターズだった松山選手以上の思いがある。優作さんもそうです。嗚咽する中嶋さん、宙を見つめて涙をこらえる優作さんの姿にグッとくるものがありました。

ガムテープで貼った2冊の「松山ノート」

 ――早朝にもかかわらず視聴率(12.1%=関東地区、ビデオリサーチ調べ)も占拠率(同53.3%)も、異例の数字だった。

 快挙を成し遂げたのは松山選手なのに、私にも「おめでとう」「良かったね」と100件以上のメールやLINEが来て、翌朝起きたらスマートフォンの充電が切れていました。ゴルフに興味のなかった方からの反応も多く、これはすごく良かったなと思います。

 ――4大メジャーの中でもマスターズは特別視されている。

 プロゴルファーのほとんど全員が見ていますからね。マスターズの実況を担当するようになってゴルフ場の取材に行くと、プロの方から関係者の方まで、「見ましたよ」とか「2日目のあそこの場面はこうだった」とか「あそこでなんでこう言わなかったんだ」「中嶋プロとのコンビが今年はどうだった」とか、それはもう細かく、本当に細かく指摘をされる。揚げ句の果てには、中継では顔出しなんてほんの数秒なのに、ゴルフの打ちっぱなしに行くと、見ず知らずのおじさんから「見たよ」「聞いたよ」、私のスイングを見て「あんまりゴルフはうまくないんだね」なんて声をかけられますから。野球サッカーの実況をやってもそういう反応はない。マスターズだけです。

 ――1976年からマスターズを中継するTBSにとっても特別な大会。

 メイン実況を担当することになったときにはもう、めちゃくちゃプレッシャーを感じました。先輩の松下賢次さんには「選手の人生を語らないとダメだ」と教えられ、4月のマスターズに備えて前年の夏過ぎからコツコツと資料の準備をする林正浩さんの姿を見てきました。私も1年がかりで準備をします。A4の分厚いノートに松山選手のデータや情報、実況で使えそうなフレーズなどもメモしたり。そのノートを2冊ガムテープで貼ったものがあって、そのほかに出場選手の情報やデータをまとめたB5サイズのファイルがこれも2冊。いざ、実況が始まると資料を見ている余裕がないので、頭に叩き込むという感じです。

 ――3日目に松山は1イーグル、5バーディーの7アンダーと爆発。前日から優勝用のフレーズは用意していた。

 していました。毎年、優勝したらこう言おう、こんなフレーズはどうだろうとノートにしたためていますが、いざその時が来たら、一切、口から出てきませんでした。

 ――松山にとって10度目のマスターズ挑戦になった今年は勝つ予感があったとか。

 ひとつは、昨年末に目沢秀憲氏とコーチ契約を結んだこと。これまでかたくなにコーチを付けないで戦ってきた松山が、その信念というか考えを変えた。本気でメジャーを取りにいくんだという期待を持ちました。もうひとつは、マスターズ前週のテキサス・オープン。30位と振るいませんでしたが、最終日に4ボギー、1ダブルボギーを叩きながら、1イーグル、5バーディーを奪った。(マスターズ3度制覇の)フィル・ミケルソンがよく、「マスターズの前の週は試合でバーディーを取る練習をしないとダメだ」と言っていたのを思い出し、これはいい兆候だなと。

 ――予感が当たった。

 マスターズを制するには、15本目のクラブが必要だと言われます。実際に使えるのは14本ですが、上手下手や調子を超越したなにか、ある人にとってはそれが忍耐かもしれないし、ある人にとっては恩師を亡くした悲しみだったりする。そういう15本目のクラブが今回の松山選手にもあったのではないか。今、彼にインタビューできるとしたら、それを聞いてみたい。

実況アナのゴルフの腕前は?

 ――活況を呈す女子ツアーとは対照的に、低調が続く男子ゴルフ界にも追い風になる。

 そうですね。日本人が初めてマスターズに挑戦してから85年、松山選手が10年かけてその壁を破った。0から1にするのに85年かかりましたが、1から2はすぐなんじゃないか。今回の快挙に刺激を受けて後に続く若い世代が必ず出てくるだろうし、現に金谷拓実選手(22)のようにその可能性を感じさせる選手もいます。当然、殻を破った松山選手の2度目、3度目のメジャー制覇も期待できます。

 ――ところでマスターズ実況アナのゴルフの腕前は?

 ベストスコアは95、と公には言っています。ということはつまり、ラウンドすればだいたい100を超えるということ。でも、先輩からは「しゃべりはシングル、プレーは100でいい」と教わってきました。しゃべりでOBは打つなよ、と。 

(聞き手=森本啓士/日刊ゲンダイ)

▽小笠原亘(おがさわら・わたる) 1973年3月、岩手県生まれ。東洋大を卒業後、96年にTBSに入社。スポーツ実況アナウンサーとして、プロ野球をはじめとする多くの競技を担当。2012年ロンドン五輪では男子ボクシングの村田諒太の金メダル獲得を伝えた。同年からマスターズ中継に携わり、16年からメイン実況を担当。高校では柔道、大学では競技スキーに打ち込んだ。主なレギュラーは「ひるおび!」(火曜)、ラジオ「ジェーン・スー 生活は躍る」(月曜)など。

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