<96>精いっぱいの演技か? 早貴被告はハンカチ片手に涙ぐんだ
その後、棺桶に釘を打つセレモニーが始まった。私は釘を打つ音を耳にすると故人との本当のお別れであると実感してしまうので、この瞬間が大の苦手だ。
自分の親族が死んだ時も決して釘を打つことはしなかったので、この時も辞退した。
最後の釘は喪主の早貴被告が打つことになり、彼女は鼻の頭を赤くしてハンカチを片手に涙ぐんでいたが、私には本気には思えなかった。精いっぱい悲しみの演技をしているようにしか見えなかったのだ。
その後は、この地方の習慣らしく、お供え物を各自が持って火葬場に行くという手はずを葬儀社の係員から伝えられた。
お昼の12時ごろ、白いマスクにサングラスをかけた早貴被告が斎場から出てくると、門の外に待ち受けていたマスコミが一斉にカメラを構え、周囲にはシャッター音が鳴り響いた。
市営の火葬場は炉の型が古いので、遺体が骨になるまで3時間近くかかると聞いていた。火葬場の係員たちは慣れたもので事務的に事は進んでいくが、私はこの場所も苦手だった。炉に入れられれば、お別れである。点火されて炎に包まれるドン・ファンの棺桶を想像しながら、私は怒りの視線を炉に向けていた。
「絶対にオレはこの敵を取ってやる。社長、誓うからね」
両手を合わせると、私はいったん、火葬場を後にした。