「ハチは心をもっている」ラース・チットカ著、今西康子訳
「ハチは心をもっている」ラース・チットカ著、今西康子訳
ミツバチの巣に見られる六角形を隙間なく並べたハニカム構造の優れた耐久性、貯蔵性については昔から注目され、こうした精緻な巣を集団で作り上げることのできるミツバチの高度な社会性は広く認められている。では、一匹一匹のハチは心をもたない単なる社会の歯車でしかないのか。それともそれぞれ心をもっているのか。本書の原題The Mind of a Bee(1匹のハチの心)が示すように、著者は一匹一匹のハチに心があることを各種実験や研究・観察から明らかにしていく。
この探索への旅に向けて著者が提唱するのは、「自分がハチになったつもり」でハチであることがどんな感じか、思い描くことだ。外側に外骨格という鎧のような殻をまとい、その下には皮膚がなく直接筋肉が接している。視野は300度、紫外光が見える。頭部から出ている触角で味、におい、音、電界を感じ取ることができる。
働きバチの仕事は花蜜と花粉を採って巣に持ち帰ること。そのためには花の咲いてる場所を見つけ、迷わずに巣に戻ってこなくてはならない。どうやって花の位置情報を得るのか、蜜の多寡をどうやって判断するのか、気象条件などに左右されずにどう巣の方向を見定めることができるのか。また、自分が見つけた花の場所をほかの仲間に伝えなくてはならない(そこで行われるのが有名なミツバチ・ダンスだ)。こうした行動は本能によるものか、各個体が新たな学習で体得するものなのか……。
これら幾多の疑問について、著者をはじめとする研究者たちはユニークな実験を駆使しながら解明していく。また脳科学におけるブレークスルーのいくつかはハチの研究で成し遂げられたほど、ハチの脳機能は優れていることが示されている。ハチに比べて脳の構造が簡素で単純な魚類にも内面的自己意識=心があるとの研究報告もある。本書を読むと、改めて“心”とは何かが問われてくる。 〈狸〉
(みすず書房 3960円)