松本白鸚「ラ・マンチャの男」最終公演に思う 本来あるべき自分を目指して…
またこうも言う。
「夢におぼれて現実を見ないのも狂気かもしれぬ。現実のみを追って夢を持たないのも狂気かもしれぬ。だが、一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に、ただ折り合いをつけてしまって、あるべき姿のために戦わないことだ」
全く古びない、いや今こそ心に響く。何度聞いてもそのたびにドキッとする。
似たようなことを日刊ゲンダイのインタビューで校正者・大西寿男氏が発言していた。
「政治権力と闘う力が弱ってきているように思います」「真面目な批判や議論に引いてしまうところがある。その一方で、揶揄(やゆ)や冷笑がもてはやされたりする」「かつては政権に斬り込むマスコミに拍手喝采だったのに、今は偏向だとか過激だとか、良いイメージを持たれなかったりします。耳当たりの良い言葉が日常の言葉のベースになっていく中で、『丁寧な説明』などというウソが平然と踊っています」「校正者の仕事は決して美しい言葉、正しい言葉を守るだけではなく、汚い言葉、激しい言葉、どうしようもない言葉も、私たちの生きている言葉、証しとして守っていかなくてはいけないのです。美しい言葉しか残らなかったら、むしろ気持ち悪いですよね。むなしい言葉が私たちのそんな生きた言葉の世界を侵食してきているように思えてなりません」
校正者だけではない。演劇に携わる私も、いやすべての市民も、「本来あるべき」自分を目指し、闘う言葉を失ってはならない。
そのために立ち上がった時、ドン・キホーテがアロンソ・キハーナがセルバンテスが、私が、あなたが、「ラ・マンチャの男」になるのだ。