役所広司がたどり着いた“笠智衆の境地”…「PERFECT DAYS」は小津映画と共通する味わい
「PERFECT DAYS」の役所広司は凄い。ついにこの境地まで到達したかと、感動すら覚える。
彼が演じたのは、東京・渋谷区の公衆トイレの清掃員・平山。平山の家は東京スカイツリー近くにある押上の古いアパートで、一日の過ごし方は決まっている。明け方目覚め、布団を畳んで歯を磨き、ひげを整え、清掃員のユニホームを着る。観葉植物の鉢に水をやることも忘れない。
部屋から出ると自動販売機で缶コーヒー(銘柄はBOSS)を買い、車に乗って首都高で渋谷へ向かう。車内では1960~70年代の洋楽をカーカセットテープで聴き、渋谷のトイレに到着。丁寧な仕事をして、昼は代々木八幡の境内でサンドイッチを食べながら木立を眺める。
仕事が終わると銭湯の一番風呂に入り、夕飯は浅草の地下街にある、焼きそばが名物の「福ちゃん」で決まったメニューを頼み、家に帰るとテレビはなく、布団に寝そべって文庫本の小説を読み、やがて就寝。こんなサイクルの生活が、1週間ほど続いていく映画である。
途中、柄本時生扮する若い清掃員の同僚に恋の相談をされたり、長年会っていなかった姪が突然訪ねてきたりするが、大きなドラマはない。
劇中で役所がしゃべるセリフは、全部合わせても10個ほどだろうか。それでいて、平山という男の満ち足りた日常と、人間関係も含めて余計なことをそぎ落としてきた人生の代償として、彼が背負っている言いようのない寂しさが全身から漂ってくる。
役所は撮影前、プロデューサーから「どんな映画になるんでしょう?」と聞かれ、「僕が俳優ではなく、清掃の仕事をしている人に映るといいですね」と答えたそうだが、彼にしてみればある清掃員の生活を捉えたドキュメントの一部分を、カメラが切り取ったような作品になればいいと思ったらしい。つまり、彼は映画の中で平山と一体になって存在しているのだ。
2023年の彼の仕事としては、テレビ「VIVANT」(TBS系)で演じたノゴーン・ベキが一般的には印象的だったかもしれないが、あの役は役所の演技はもちろん素晴らしかったが、謎めいたキャラクターこそ最大の魅力であった。しかしこの映画の平山は普通の初老の男で、強烈な個性はない。その人物の静かで変化のないスローライフに、これほど心引かれるのは、ひとえに役所広司自身が魅力的だからに他ならない。