「私の心の中にある『故郷』は誰にも譲れない」に心を揺さぶられ、「帰郷」の歌詞を急遽朗読した
法廷は傍聴席が20席程度だった。原告・被告とも有名人ではない民事裁判としてはいたって標準的らしいが、集った傍聴希望者はその倍ほど。事件への注目度の高さが窺われる。座れない人は室外へ出されるのが原則…だが判事は立ち見を黙認するという粋なはからいをみせ、ぼくを含む希望者全員が傍聴できた。原告側弁護士の神原元さんによれば「弁護士になって20年以上経つが初めて」という超異例の対応。ラッキーでした。法廷にも弾力性があることを目の当たりにして、ぼくの気持ちはずいぶん和んだ。被告が出廷しなかったのは残念だったけれど。
初めて会う金さん。意見陳述は一語たりとも聞き逃せないものだった。「反日」という判別や排除を意味する言葉に「在日」「朝鮮人」という属性を結びつける被告の発言に怒りと恐怖を感じると述べ、植民地下の苛烈な時代を生き抜いて日本に来た両親の不遇を語り、宮崎県延岡市で幼年時代を過ごした自分の原風景を鮮やかな語彙で修辞した。文学的、あるいは詩的でさえあった。説得力に満ちた陳述に傍聴席からはすすり泣きが聞こえてくるほどだった。
閉廷後、裁判所の真向かいの日比谷公園にある千代田区立日比谷図書文化館で行われた記者会見&報告会に、ぼくは原告(と被告男性)の同窓生として登壇した。与えられた10分間では、まず自分が金さんの立場にも被告男性の立場にもなり得る可能性(と危険性)について語った。だからこそ、自分は加害者になっていないかと胸の中でつねに警鐘を鳴らしながら生きていく必要があると。その後は……じつは、金さんの意見陳述にあった「私の心の中にある『故郷』は誰にも譲れない」に激しく心を揺さぶられたぼくは、そのあまり、予め用意していたいくつかの話をすべて捨てたのだった。そのかわりに、天童よしみさんに提供した「帰郷」の歌詞を急遽朗読した。音楽を生業とするぼくから原告へのアンサーソングとして。